近代日本経済史研究の新視角
国益思想・市場・同業組合・ロビンソン漂流記
藤田貞一郎著
本書は副題にあるテーマ「国益思想」「市場」「同業組合」「ロビンソン漂流記」の4部からなる。ここに上げたテーマのうち、前の3つは著者が長年にわたり研究主題として、その成果を世に問い続けてきた延長上にある。「ハイマワル実証主義=素朴実証主義」、これは著者が「あとがき」で記す自身の研究手法であるが、この研究手法に貫かれた19の論考で、日常の人間の生命の再生産の仕組みたる経済活動を、連綿と続く経済社会史のなかに捉え、着実に位置づける気迫あふれる好著となっている。



著者の関連書籍
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ISBN4-7924-0536-X (2003.7) A5 判 上製本 562頁 本体13,000円
■本書の構成
序論
第一部 国益思想
第一章 近代日本製紙業発達史
第二章 外国貿易史の中の市場
第二部 市場(いちば)
第三章 産業革命と市場問題
第四章 日本資本主義発達史における国内商業の変革過程
第五章 明治四十年市場法案についての一考察
第六章 大正期における日用必需品市場問題と賃労働市場の展開
第七章 日本の公設市場
第八章 大正期公設市場の特質
第九章  大正・昭和前期公設市場規程の特質
第一〇章 創設期の京都市公設小売市場
第一一章 大正八年次の京都市公設小売市場
第一二章 大衆市場への品揃えと店舗展開
第三部 同業組合
第一三章 近代日本中小企業政策史研究の欠落点
第一四章 昭和三年次商工省の組合法改正構想
第一五章 昭和三年次商工省組合法改正構想史料捜索
第一六章 近代日本における「営業の自由」観
第一七章 暴利取締令と「営業の自由」観
第四部 ロビンソン漂流記
第一八章 もうひとつのロビンソン・クルーソーの世界
第一九章 再論 もうひとつのロビンソン・クルーソーの世界

日本経済史研究の新しい方向を呈示
同志社大学名誉教授 安岡重明
 藤田貞一郎氏はこのたび、これまでの諸論稿を整理・統合して『近代日本経済史研究の新視角』と題する著書を刊行される。内容は多岐にわたるが、主なテーマは副題に示されているように「国益思想・市場・同業組合・ロビンソン漂流記」である。これら四つのテーマは、四部構成となっている本書の四つの部のテーマでもある。
 これらのテーマに関し著者はすでに四著を世に問うている。『近世経済思想の研究――「国益」思想と幕藩体制――』一九六六年、『近代生鮮食料品市場の史的研究――中央卸売市場をめぐって――』一九七二年、『近代日本同業組合史論』一九九五年、『国益思想の系譜と展開――徳川期から明治期への歩み――』一九九八年、である。そのいずれもが当時の学界に問題を提起した書物であるが、受け入れられるのに長くかかった書物もある。
 今回の著書は、これら四著において展開された研究の延長線上にある問題の解明を目ざしたものであり、そのほとんどが、他の研究者が十分取りくんでこなかった問題である。藤田氏の解明により研究は広がりをもち深化された。本書は今後の研究の進展の重要な礎石となるであろう。
心地良い読後感を味わう一書
滋賀大学経済学部教授 宇佐美英機
 「これが、私の学者人生臨終に際する、滞貨一掃体のものにすぎないものであるかどうかについては、社会の客観的な判断にゆだねる」と、著者は序論で読者を挑発する。そこまで言われれば、研究者たる者は挑発に乗らねばなるまい。
 本書の狙いは「国益思想」「市場」「同業組合」、そして「ロビンソン・クルーソー」を、議論の俎上にあげることである。すでに前三者の主題について、著者は四冊の単著で成果を江湖に問うてきている。そして、いずれも必読文献と言って良い。ところが、書名に『近代日本経済史研究の新視角』とこの時点で名称付けなければならない程に、戦後の「近代日本経済史研究」の学界は皮相な分析視角に拘泥し、前著などから学ぶ姿勢に乏しい。
 著者は、改めて本書を編み歴史学の深みから事実を解明するという手続きを示し、最初から結論ありき、という理論的な枠組み内で史料を扱うことの無意味さを、繰り返し強調する。戦後日本経済史研究において大きな役割を果たした、いわゆる「講座派」流研究の最大の欠点や、大塚久雄氏流の「ロビンソン・クルーソー」理解は、根拠史料・文献を元にして本書のここかしこで批判されている。
 このような著者の気魄に、ともすれば臆されそうになるが、読後感が心地良いのは不思議である。著者は、まだまだ戦う学者であり続けることが確信できる。ならば、一読せざるを得ない一書であることは疑いを入れない。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。