大坂両替商の金融と社会
中川すがね著
歴史の大きなうねりに翻弄されつつ生きた名もなき民へ共感する著者が、近世大坂人の作り上げた信用社会と地域の連合を、民衆的貨幣である銭を通してその本質を明らかにする。

中川すがね
香川県生まれ
1990年大阪大学文学研究科史学専攻単位取得満期退学、
大阪大学文学部助手を経て、現在甲子園大学人間文化学部助教授


著者の関連書籍
脇田 修・中川すがね編・幕末維新大阪町人記録



ISBN4-7924-0547-5 (2003.12) A5 判 上製本 476頁 本体10,000円
■本書の構成
序 章 大坂本両替とその金融機能をどのような視角から問題にするか
第一部 大坂本両替と銭屋に関する研究
第一章 大坂本両替仲間の成立
第二章 元文改鋳と本両替仲間
第三章 田沼期の金融政策と本両替仲間
第四章 大坂における信用社会の成立
第五章 銭屋と銭相場の形成について
第六章 摺物史料に見る本両替仲間
第二部 大坂商人と金融
第七章 近世大坂の大名貸商人―鴻池屋栄三郎家の場合―
第八章 近世後期の大坂商人の経営と金融
第三部 非領国地域における社会と金融
第九章 摂津国豊嶋郡池田における貨幣をめぐる諸問題
第十章 豊嶋郡農村の賃金とそれをめぐる地域連合
第十一章 大根屋改革について
江戸時代金融史への新たな挑戦
大阪大学大学院経済学研究科教授 宮本又郎
 江戸時代の経済について論じるとき、大坂の金融機能や大坂両替商の役割に言及しないでおくことはまったく不可能なことである。にもかかわらず、大坂両替商や大坂の領主金融・商業金融に関する研究は、幕末〜明治期に記録された旧両替商の旧慣伝承などに依拠した戦前の研究がいまだに命脈を保っていて、鴻池善右衛門家の研究などいくつかの事例を除いては、個別経営史料を用いた研究は意外に進んでこなかった。こうしたなかにあって、中川すがね助教授は大阪大学文学部・同大学院文学研究科在学中以来、脇田修先生(現大阪歴史博物館館長)の指導の下で、近世大坂金融史研究を着実に積み重ねてこられた。本書はその集大成をなす労作である。
 本書は三部一一章からなる。第一部は大坂本両替仲間と銭屋に関する基礎的研究で、三井史料、本両替仲間久太郎町組史料などを駆使して、大坂両替仲間の成立から解体までの歴史的流れを、幕府政策と関連づけて検討している。第二部では、両替商、木綿問屋、干鰯仲買の個別史料を取り上げて、各家の領主金融と商業金融の具体相を明らかにし、全体として領主金融は近世初期を除いては有利なものではなかったと指摘している。第三部では非領国地域の北摂における貨幣・銀札の流通実態、相場・賃金の動きを分析している。
 本書の大きな貢献の一つは、多数の一次史料を駆使して、大坂両替商および近世大坂の金融機能に鋭くメスを入れて、その具体相を多面的、動態的に明らかにし、戦前以来の静態的な研究を再検討する端緒を切り開いたことである。また、近世後期の大坂および周辺非領国地域において、振手形や銀札が広範に流通する「信用社会」が大坂本両替仲間を中心に形成されたことを高く評価しているが、これは今日なかば常識化しつつある「近世後期大坂衰退論」へ反省を迫るものとして興味深い。さらに大坂の金融について、相対的に領主金融よりも商業金融の重要性を指摘していることも面白い論点である。貨幣相場の形成のされ方を明らかにしたことや、本両替商や銭屋のメンバーとその変遷に関するデータベースなども今後の研究に大変有用である。
 文学部系の歴史学では社会史や生活史が盛んとなり、経済学部系の経済史では近現代が主たる研究対象となって、近年、江戸時代社会経済史を志す若手研究者が減った。このような状況のなかで、従来の通説的理解に果敢に挑戦する本格派の近世社会経済史研究の作品が上梓されることになったことを喜び、江湖に推薦申し上げる次第である。
※上記のデータはいずれも本書刊行時のものです。