企業勃興と地域経済
−和歌山県域の検証−
高嶋雅明著

ISBN4-7924-0552-1 (2004.3) A5 判 上製本 550頁 本体12,000円
■本書の構成
序 論
  T部 企業勃興の諸条件
第一章 和歌山県の勧業政策・産業政策・工場誘致
第二章 和歌山県域の会社企業と有力資産家
第三章 地方都市の企業勃興―明治期田辺地域を中心として―
第四章 明治期の和歌山商業会議所
  U部 会社企業の設立と展開
第五章 和歌山綿ネル業の展開―綿ネル業の比較産業史―
第六章 明治期の和歌山紡績会社・和歌山織布会社
第七章 電力業における地場資本の形成―和歌山水力電気株式会社を中心として―
第八章 植民地地主と地方資本―南海拓殖株式会社の紹介―
  V部 銀行の設立と地域金融
第九章 和歌山県域における銀行の成立と発展
第一〇章 明治末・大正初年の銀行業と綿ネル金融
第一一章 戦間期和歌山県域の銀行合同
  W部 地域経済の展開
第一二章 和歌山県域の産業発展とその特徴
第一三章 地方都市和歌山の発展と行財政―明治三〇年代〜昭和戦前期―




 著者の関連書籍
 安藤精一・高嶋雅明・天野雅敏編 近世近代の歴史と社会



全国的視野の下での優れた地域経済史分析
東京大学名誉教授 東京経済大学教授 石井寛治
 近代日本経済の発展を地域経済のレベルまで降りて究明する研究が増え始めたのは一九八〇年代のことであった。産業史研究が各地域の中から特定産業を抜き出して全国的視野の下で分析したのに対して、地域史研究は地域の人々の生活を総体として究明する一環として地域産業を検討したが、そこでの難問は、近代世界市場に組み込まれつつ統一的国内市場を形成した日本経済の中で特定地域の経済の特徴をいかに位置付けるかであった。
 著者の長年にわたる研究を総括した本書は、近畿周辺の後進地域和歌山県において、明治後期から大正期前半にかけて中央・先進地域と関わりつつ綿ネル業を軸に急速な企業勃興が見られ、地域経済が大きく変容したことを実証したものであり、全国的視野の下で地域経済の歴史を把握した優れた試みである。T「企業勃興の諸条件」では、官金貸与に支えられて綿ネル業が和歌山市など紀北地域で発展し、日清戦後には企業勃興が見られたこと、出資者の多くは商人で地主の投資は副次的であり、不足分は近接する京阪地域の資本が埋めたことが指摘される。U「会社企業の設立と展開」では、大阪など県外株主の出資が和歌山紡績ほかの設立を支え、後には県内株主が勢力を増すことが示される。続くV「銀行の設立と地域金融」では、紀州藩士族の設立になる第四十三国立銀行の経営が、宮本吉右衛門ら和歌山商人と大阪の岡橋治助らに掌握されて以降、同行は綿ネル業への金融を積極化しつつ各地に支店を開設して「県域銀行」の地位を確立するが、綿ネル業へは三井・浪速など支店銀行の融資も盛んだったため、四十三銀行は余剰資金を大阪の大銀行へ預け、昭和初年には県外の鈴木・松方系企業と県内の綿ネル業・林業への融資が滞ったため破綻することが明らかにされる。W「地域経済の展開」では、一九二〇年以降不振に陥る紡績業・綿ネル業・林業の発展史と「南海の工都」和歌山市の都市開発史が論じられる。
 著者も認めるように、本書は近代和歌山の資本蓄積の前提をなす近世紀州の経済発展や最大の富豪たる紀州徳川家の活動は検討しておらず、企業勃興の実態についても経営内部の一次史料を発掘し利用するまでには至っていない。その意味で、本書はこれからさらに立ち入った和歌山地域経済の分析がなされるための貴重な基礎的研究であると言えよう。近代和歌山あるいは広く近代日本の経済史に関心のある読者に一読を薦めたい。
領国経済から地方経済への道程
同志社大学教授 藤田貞一郎
 現和歌山県域は、徳川御三家のひとつ南紀徳川氏の領国に属していた松坂を含む勢州領分と南北牟婁郡の紀州領分(いずれも現三重県域)それに若干の和州領分を除く一方、別に高野山寺領分を加えたものから成り立っている。
 多重国家体制の趣を顕然化させる徳川中期以降日本社会の歴史の歩みの中に、南紀徳川氏の支配領域も、大名領国経済自立化の動きに従って、軍団組織たる戦闘集団の支配する政治行政単位にとどまり得ず、経済単位としての相貌を明らかに為始める。御国益御仕入方への新展開・嶋田善次「愚意存念書」(弘化三年)・独自の通貨流通圏の形成などの史実が示す、領国経済自立化への歩みである。この動きに大きな変質を迫ることになったのが、明治国家の登場による全国経済化の動きである。考えて見るに、これは現今かまびすしく言われる、経済のグローバル化と枠組みは同じである。「その地域における近代的産業・企業の勃興と展開を検討し地域経済の変貌過程を分析する」(序章)という高嶋氏の課題設定は、その緻密な分析と丹念な関連文献渉猟と相俟って、本書が学界の共有財産たることを保証している。
 私は、明治以後のグローバル化が和歌山県域にもたらした光と影を考え抜くことを通して、今日の地球大グローバル化の光と影を判断し、その将来を予測することに、本書を役立てることが出来る筈であると考えている。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。