祭祀空間の伝統と機能
黒田一充著
著者略歴
  1959年 大阪府に生まれる。
  1985年 関西大学大学院博士課程前期課程修了(史学専攻)
大阪府立高等学校教諭、大阪府立近つ飛鳥博物館専門員(社会教育主事)を経て
現在 関西大学文学部助教授・関西大学博士(文学)
ISBN4-7924-0557-2 (2004.12) A5 判 上製本 560頁 本体12,000円
◆本書の構成◆
序 章 神とやしろ
第一章 氏の神と土地の神
  一 律令国家のまつり
  二 春日若宮社の創祀
第二章 京都のまつりと氏子区域
  一 京都の氏子区域
  二 松尾社と稲荷社
  三 神々の領域
  四 稲荷社と藤森社
第三章 熊野のまつりと信仰
  一 熊野速玉大社の祭祀構成
  二 補陀落渡海の信仰と祭祀
第四章 八幡信仰とその伝播
  一 八幡信仰と放生会
  二 八幡信仰の展開
  三 浜宮―海浜の聖地―
第五章 まつりと聖地
  一 浜殿と浮殿
  二 神輿休石―神幸に立寄る聖地―
  三 大型のお仮屋
第六章 男性のまつりと女性のまつり
  一 家のまつり 村落のまつり
  二 西宮市岡太神社の一時上
  三 松尾祭の祭祀組織
  四 沖縄のまつり―シヌグとウンジャミ―

祭祀空間論の指標を仰ぐ  ―黒田一充氏の新著に寄せて―
近畿大学文芸学部教授 野本寛一
 昭和六十三年から平成二年にかけて熊野地方を集中的に歩いていた。その折、黒田氏の「熊野速玉大社の祭祀構成」という論文に接して得た新鮮な感動は今も余韻のように響いている。平成三年には「祭祀空間の伝統と機能―壱岐の浜殿と浮殿」を読み、大いに刺激を受け、蒙を啓かれた。その後も、お旅所に関する研究、お仮屋についての詳細な論考などが続いた。黒田氏のテーマ追究には一貫性があり、いささかのぶれもない。そこには、「祭祀空間研究」といった太い柱がある。
 右のような諸論が糾合編修され、一書になることを久しく望んでいたのであるが、このほど『祭祀空間の伝統と機能』と題して清文堂出版から江湖に供されるという。章立てを見ると、「氏の神と土地の神」「京都のまつりと氏子区域」「熊野のまつりと信仰」「八幡信仰とその伝播」「まつりと聖地」「男性のまつりと女性のまつり」など多彩である。
 氏の学問的方法の特色は、史資料の博捜と徹底した現地調査・参与観察とを二本の柱として、両者から獲得したものを統合し、厳正に分析すること――それによって、これまで見えにくかったこの国の祭祀の原姿や祭祀空間の構造を鮮やかに描き出してゆくところにある。歴史的な視角を重視しながら祭祀空間、信仰の場の問題を解明しているのである。フィールドは広く、近畿はもとより九州――壱岐、琉球弧にまで及んでいる。
 著者がここに扱ってきた諸問題や素材は、このところ、民俗学徒からも、神道信仰の研究者からも、歴史学者からも、やや距離のある対象分野となっていたように思われる。著者はそこに果敢に歩を入れ、地道な研究を積みあげてきた。御自身の座標を明確に示されたのである。――山・里・海――の祭祀空間論は魅力的である。
 これを機に本書を座右に備え、学びと鞭撻の書としたい。そしてまた、この国を深く知らんとする方々にも一読をおすすめしたい。
日本の祭祀研究の謎解きへの挑戦
佛教大学文学部教授 八木 透
 日本の民俗信仰の起源とその歴史的変遷の究明。本書は、きわめて深遠かつ難解な謎解きに挑む著者のこれまでの研究の集大成である。著者である黒田一充氏は、古代史学と民俗学の接点を追い求め、歴史民俗学の新たな可能性を模索し続ける気鋭の研究者である。本書は、民俗学の祭祀研究における歴史的考察の必要性を主張し、日本の祭祀の歴史と民俗に関する新たな地平を示した成果である。著者の研究の特徴は、何よりも徹底したフィールドワークを基礎として、緻密な文献研究を重ね合わせることで、きわめて実証的に論を展開する点と、祭祀空間と祭祀施設に対して詳細なアプローチを試み、日本の民俗信仰を空間論的に理解しようとする独自の研究方法に求められる。本書でも、オリジナルな問題設定や研究方法論が随所で輝きを放っている。
 本書には、京都の稲荷社と松尾社の氏子圏をめぐる問題、熊野速玉大社の祭祀と補陀落渡海の信仰的背景、さらに宇佐八幡宮の祭祀と八幡信仰の広がりをめぐる問題、祭祀が行われる空間と聖地の意味、さらに日本の祭祀における性差の問題など、テーマ的にも、地域的、歴史的にも、きわめて多彩な内容が詰まっている。中でも特筆すべきは、これまでほとんど手付かずであった京都の稲荷社と松尾社の氏子圏をめぐる問題について、現行の祭祀習俗と平安時代の文献史料を総合的に分析することにより、京都の複雑極まりない氏子圏形成の起源とその変遷について斬新な仮説を提示していることである。加えて、熊野の補陀落渡海と来訪神信仰の関わりに関する指摘、沖縄のシヌグとウンジャミにおいて、この両祭は本来は男女共同祭祀が基本であったとする新説の提示など、掲げれば枚挙に暇がない。
 本書には、日本の祭祀研究に関する重大な謎解きのヒントが無数に散りばめられている。それは未来の民俗学と歴史学にさらなる隆盛を齎すエッセンスでもある。本書を紐解けば、豊かな知見と説得力ある表現で、著者は読者諸氏に語りかける。そしてその末には、確かな問題意識と明晰な分析力に立脚した、一流の歴史民俗学研究ならではの学問宇宙へ導かれるだろう。