近世大坂地域の史的研究
藪田 貫著

◆本書の構成

まえがき

第一部 地域社会の展開
 1 近世後期における地域社会の様相
 2 摂津灘目地域の郡中議定
 3 地域社会と差別〈戦後歴史学の転換点に立って〉
 4 地域社会と性〈国訴の視角から〉
 5 国訴・国触・国益
 6 近世の地域社会と国家をどうとらえるか〈社会的権力論に関わって〉

第二部 「支配国」と領主制
 7 近世畿内所領構成の特質〈「畿内非領国」論の意義と課題にふれて〉
 8 「摂河支配国」論〈日本近世における地域と構成〉
 9 支配国・領主制と地域社会
 10 領主制下の地域社会と民衆〈河内塩野家の父子三代〉
 11 「御館入与力」について〈「支配国」と領主制〉
 12 「兵」と「農」のあいだ〈地域社会のなかの武士〉

第三部 「武士の町」大坂
 13 「武士の町」大坂
 14 内山彦次郎〈大坂町奉行所与力の生涯〉
 15 大坂町奉行の世界〈新見正路日記について〉
 16 大坂代官の世界〈竹垣直道日記について〉
 17 交差する年中行事〈「武士の町」大坂と町人〉

あとがき




 著者の関連書籍
 藪田 貫編著 大坂西町奉行 新見正路日記

 藪田 貫編 近世の畿内と西国

 藪田 貫編 天保上知令騒動記

 寺木伸明・藪田 貫編 近世大坂と被差別民社会

 藪田 貫著 新版 国訴と百姓一揆の研究

 藪田 貫編 大坂西町奉行 久須美祐明日記



ISBN4-7924-0601-3 C3021 (2005.12) A5 判 上製本 438頁 本体9800円
鋭敏な研究感性で新鮮な大坂地域論を提起
早稲田大学教授 深谷克己
 著者の藪田氏は、一九八〇年代から四半世紀にわたって近世史研究を牽引してきた研究者の一人である。著者が、本書の主題「大坂地域」史研究の起点と位置づける「摂河支配国」論(本書第8論文)は、八〇年に発表されている。もちろん本書は、終着点の論集ではなく、近世史研究の可能性を探って進化途上にある著者の、区切りの成果報告である。
 本書は大坂地域を対象にして、地域大坂は「非領国」、都市大坂は「町人の町」という通念的イメージを、自治体史編纂に絶えず参画してきた研究体験を踏まえて、「支配国」「武士の町」という概念に集約させ見事に反転させた論集である。ほかにも著者の功績として知られている国訴論、男性研究者として著者があえて挑んできた近世女性論、兵農分離論、被差別論などに関する論考が収められている。それらのすべてが、大坂地域社会という枠組を与えられて一体化され、全体像の方法的試みになっていることがわかる。
 著者は、大坂地域研究に没頭することで本書の成果を得たのではない。「歴史学の潮流から孤立した地域史」という「まえがき」の一文は他を批判するためではないが、著者の自負のありかを明示する。本書には、著者が学界や先学の提起にどのように反応し、諸説を吸収、取捨してきたかを、その時々に戻って説明した叙述が豊富にふくまれている。大坂地域以外の諸地域の研究に対してもつねに検討を続け、中世・近代史研究者、外国の研究者の言説にも目を向け、かつ先学の学説・対象変化にさえ細かい観察眼を向ける。こうした著者の鋭敏な研究感性が新鮮な発想を生み出すプロセスに、読者は注意を向けたい。
 近世史像は長く、成立(小農自立、商業的農業)に関してはいわば「畿内近世史」、解体(維新変革、世直し)に関しては「関東近世史」が通史構成に大きく影響してきたが、藪田氏は大坂地域論の本書や他の著書を通じて、近世の通史構成を揺さぶり続けている。
『史的分析』から『史的研究』へ 藪田「大坂地域」論の歩み
大阪大学大学院文学研究科教授 村田路人
 もう四半世紀も前の話であるが、一九八〇年に、脇田修編著『近世大坂地域の史的分析』という本が御茶の水書房から刊行された。脇田修先生と、大阪大学の脇田ゼミで学んだ若手研究者の論文が収められた論文集である。私も執筆者の中に加えていただいたが、藪田さんは、ここで「『摂河支配国』論」という論文を書かれた。これは、近世の畿内近国支配を論じる際に、けっして無視できない論文として、今なお生命を持ち続けている。
 「大坂地域」とは、大坂および大坂周辺地域、広くとれば摂津・河内・和泉・播磨四ヵ国のことで、戦後の近世史研究では、近世における資本主義的発展の諸徴証が顕著に認められる地域として、また、所領の錯綜性や領主交代の頻繁さなどにより、独特の支配方式がとられた地域として、一定の地域像が結ばれていた。『史的分析』は、この地域のイメージをもっと豊富なものにするために刊行され、その意図はかなりの程度果たされたが、民衆運動や大坂そのものの分析など、さまざまな課題が残された。
 周知のように、藪田さんはその後、国訴と百姓一揆についての研究を進め、近世民衆運動史や地域社会論研究にすぐれた足跡を残されたが、これは、『史的分析』の宿題を果たそうという試みでもあったと思う。しかし、「『摂河支配国』論」を書いている藪田さんとしては、畿内近国支配論をもふまえた、新たな「大坂地域」像の構築が、是非とも必要であった。こうして出来上がったのが、今回の『近世大坂地域の史的研究』である。ここで藪田さんは、見事『史的分析』の宿題を果たすとともに、藪田「大坂地域」像の提示に成功されたといえよう。もちろん、本書には「『摂河支配国』論」も収録されている。
 本書の刊行によって、「大坂地域」像は一段と豊かになった。大坂を「武士の町」と位置づけ、支配をになっていた大坂の武士に光を当てたのは、藪田さんならではの発想といえよう。是非一読をおすすめしたい。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。