■近世大坂薬種の取引構造と社会集団
渡辺祥子著


本書の構成

序 章
第一章 十七世紀中期の大坂・道修町―薬種中買仲間の史料から―
第二章 薬種中買仲間の機構について
第三章 近世大坂道修町の商人と「イエ」―鍵屋茂兵衛家のあり方から―
第四章 薬種中買
第五章 大坂の唐薬問屋の組織と機構について
第六章 大坂における唐・和薬種の取引と仲間
第七章 唐種中買仲間と唐薬問屋―和薬改会所をめぐる対応から―
第八章 唐薬種の取引と唐薬問屋・薬種中買仲間
第九章 唐薬問屋商内講の唐薬種取引―問屋による「買い」と表商内―
終 章


ISBN4-7924-0605-6 C3021 (2006.5) A5 判 上製本 418頁 本体8900円
都市社会の最深歴史像
東京大学大学院人文社会系研究科教授 吉田伸之
 本書は、近世の大坂を対象とする都市社会経済史研究の稀な達成である。ここで素材とされているのは、近世社会における重要な商品の一つである薬種であり、その商品固有の取引形態を基礎として、流通をめぐる社会構造の全体像を解明することがめざされている。こうした素材を扱うこれまでの研究は、問屋の仲間なり、個々の経営なりに分析の視野が限定されがちであった。ところが本書では、薬種をめぐる問屋や仲買の仲間組織、また仲間が基盤とした道修町という町共同体、さらには個々の営業主体であるイエや同族団という、相互に密接に関わりながらも異なる位相から、圧倒的な作業量を基盤として複合的に対象に迫まってゆく。
 近世史研究の醍醐味とは、かつて実在したが、今は失なわれてしまった過去の社会を他の時代にもまして細密に明らかにできることにある。私たちの目標は、そうした作業を経て、鮮明な“最深歴史像”を描くことであると思うが、それを実現するのは容易でない。しかし本書において、その分析精度の高さや緻密さをみると、そうした最深歴史像の一つが著者のような若い研究者によってここにたしかに呈示されているように思われ、驚きすら覚えた。
 本書が多くの読者を得て、次世代による歴史研究の波頭に立つことを期待する。
近世大坂の都市社会史に新しい峰
大阪市立大学大学院文学研究科教授 塚田 孝
 渡辺祥子氏の『近世大坂薬種の取引構造と社会集団』が刊行される。本書は、大坂における薬種取引に関わる薬種中買仲間と唐薬問屋を取り上げ、主として都市社会史の視点から包括的に解明したものである。
 本書前半は、薬種中買仲間の組織構造が解明されている。そこでは、都市社会内の株仲間、「イエ」、町などの多様な社会集団の複合関係がリアルに描き出されており、都市社会史としても重要な意義を持っている。
 後半では、唐薬問屋も含めた薬種の流通や取引システムが解明されている。相場を見ながら売り捌くことを本質とする唐薬問屋と、品質を見きわめ小分けして売ることを生業とする薬種中買の両者が相互補完的に機能することで、大坂が薬種取引の全国的な市場の中で中核的位置を占めえたという両株仲間に対する位置づけは十分な説得力を持つものといえよう。
 取引システムを解明する中で、唐薬問屋がその呼称にもかかわらず、輸入荒物なども荷受していることにも注目しながら、唐薬問屋はもともと唐薬種に限定されない商品を扱う肥前問屋から出発したということを示唆していることも興味深い。それは、もともと薬種を扱う薬種屋から出発した薬種中買仲間との本質的な差異を考えさせる。
 総じて本書は、@唐薬問屋と薬種中買仲間をともに視野に収める、A株仲間というレベルだけでなく、その内部に含まれている「イエ」や業態に基づく講などに着目する、B唐薬種(輸入)と和薬種(国産)をともに視野に収める、C流通過程や取引システムに踏み込んで分析することで、これまで薬種中買仲間に偏っていた研究状況を一新し、研究水準を一気に引き上げたものといえよう。だが、それだけにとどまらず、都市社会史研究における新しい峰を築いたものといって過言ではなかろう。