日本近世国家の確立と天皇
野村 玄著


本書の構成


序  論
第一部 徳川家光の神国思想と天皇
 第一章 徳川家光の国家構想と日光東照宮
 第二章 「後水尾上皇(法皇)宸筆教訓書」と後光明天皇の学問
 補 論 書評 高木昭作著『将軍権力と天皇−秀吉・家康の神国観−』
第二部 寛永期から慶安期の公家官位叙任と江戸幕府
 第一章 公家高官任官制度と徳川家光
 第二章 寛永期における後水尾天皇の政治的位置
 第三章 家綱政権期の公家高官任官と後光明天皇
第三部 家光政権と皇位
 第一章 寛永期の政治過程と女帝明正天皇
 第二章 後光明天皇の即位と江戸幕府
第四部 家綱政権期における皇位と「叡慮」
 第一章 近世天皇葬送儀礼の確立と皇位
 第二章 寛文期の「叡慮」と江戸幕府
 第三章 後西天皇の譲位と「天子御作法」
結  論


ISBN4-7924-0610-2 C3021 (2006.8) A5 判 上製本 338頁 本体7800円
近世天皇・朝廷研究の大きな成果
京都大学大学院文学研究科教授 藤井讓治
 本書は、日本近世国家が確立していくなかでの天皇の位置を、「権威」等の言葉で理念的に説明するのではなく、それぞれの段階における具体的かつ現実的な政治的要請に注目することによって、描き出そうとした意欲的な仕事である。
 近世史研究において天皇が取り上げられるようになったのは、家永三郎氏の日本史の教科書をめぐる裁判が本格化する一九七〇年ころからである。近世天皇の国制上の位置づけ解明というそこでの要請と、当時歴史学界で活発となってきた国家論研究とが合わさり、それまでネグレクトされてきた近世国家における天皇の位置づけが本格的に追求されはじめた。そこでの研究はなお、天皇の存在が「権威」という言葉で多く説明されてきたように、この時期の天皇は、理念的あるいは論理的要請から位置づけられがちであった。
 こうした研究動向に対し、本書は、秀忠政権から家綱政権にいたる時期を対象に、具体的かつ現実的な政治的要請の解明に分析視角を置き、この時期の史料を渉猟し、東照宮をめぐる問題から家光の国家構想にせまり、また公家高官任官制度、天皇の皇位にかかわっての天皇の「叡慮」に注目し、寛永六年(一六二九)の後水尾天皇の突然の譲位が、いかにこの時期の幕府、家光政権・家綱政権、の朝廷政策を規定していたかを明らかにし、その具体的様相を分析している。
 その結果、多くの具体的な事実が発掘されているが、なかでも家光の国家構想のなかに東照社への宮号宣下を位置づけることで新解釈を示し、また皇位をめぐるそれぞれの段階の政治状況を極めて具体的に跡付け、「叡慮」の制御が幕府にとって大きな政治課題であったと主張されている。
 本書は、この時期の天皇・朝廷研究において、ことに実証部分において、新たな水準を画したものであり、今後の近世天皇・朝廷研究にとって大きな礎となるはずである。
朝幕関係論を軸に新たな近世政治史叙述の試み
大阪大学大学院文学研究科教授 村田路人
 野村玄君は、一九九九年四月に大阪大学大学院文学研究科博士前期課程に入学した。二年間の前期課程を終えて後期課程に進み、その三年目の終わりに近い二〇〇三年末、同研究科に学位論文「日本近世国家の確立と天皇」を提出した。同研究科での審査を経、二〇〇四年三月に、博士(文学)の学位が授与された。
 この簡単な紹介からわかるように、野村君は、大学院入学後、最短期間で学位請求論文を提出したわけであるが、その前提として、同君が博士前期課程の二年目から学会誌に積極的に投稿し、順調に業績を積み重ねていたことがある。同君は、日本近世史の分野において、現在最も注目されている若手研究者の一人である。
 さて、今回清文堂より刊行された『日本近世国家の確立と天皇』は、学位論文を補訂したものである。一七世紀、幕藩制国家が自己を確立するにあたって、いかなる課題が存在し、いかなる理念・構想をもってその課題を克服しようとしたのか、また、その結果はどうであったのかを、とりわけ幕府と天皇・朝廷との関係に焦点を当てて論じたものである。
 本書の成果は数多いが、寛永六年(一六二九)の後水尾天皇の突然の譲位と明正天皇の即位、明正のあとを承けた後光明天皇の即位とその死、後光明のあとの後西天皇の即位と譲位という、三十数年間にわたる一連の流れを、皇位の動向に対する幕府の管理・統制、「叡慮」の制御という観点から体系的な叙述を行ったことが、最も意義深い。四部構成をとる本書では、第三部「家光政権と皇位」および第四部「家綱政権期における皇位と『叡慮』」の部分であるが、即位・譲位・葬送などの儀式の実態と、その背後に見え隠れする幕府と天皇・朝廷のせめぎ合いを、良質の史料を博捜し、詳細に描き出している。この叙述は見事で、従来知られていなかった多くの事実が明らかになった。
 本書で展開されている朝幕関係論に一貫しているのは、天皇・朝廷が幕府から一方的に統制されるだけの存在ではなかったという認識と、それぞれの段階において、幕藩制国家が達成した課題と残された課題を冷静に見極めた上で、次の段階の政治史分析を行おうとする姿勢である。本書は、朝幕関係論の書としてだけでなく、近世前期政治史の書としても学界に大きな波紋を投げかけることになるだろう。