説話論集 第十五集
−芸能と説話−
説話と説話文学の会編
●刊行のことば
 『説話論集』第十五集は、「芸能と説話」というテーマのもとに執筆された十三編の論考によって構成される。
 寄せられた諸論が考察する内容は、時代的には平安時代から近世末期、さらには近代にまで至る広い範囲におよび、論の対象とされる芸能の種類も、舞楽から謡曲、狂言、説経、さらには人形浄瑠璃、歌舞伎に至るまで、実にさまざまである。
 そもそも説話は、口頭で伝えられるにせよ、文字に書かれるにせよ、言葉によって表現され、伝達される。だが芸能は、そうではない。言語だけでなく、音曲や身振り、その他さまざまな要素によって、芸能は成り立っている。また芸能は、言語によって記録されるものではなく、基本的には上演されるものである。説話は、その成立年代や作者が特定されない場合が多く、多くはその成立や作者を離れ、時空をこえて広く伝えられ、ひろまってゆくが、芸能は、それが上演されるものである以上、ある特定の時代のある時間に、ある特定の現実の空間で演じられる。説話と芸能の世界は、互いに大きく次元を異にすると言わねばならない。
 だが、そのような違いがあるにもかかわらず、いやそれだからこそ、人々のいとなみの中で、芸能と説話の両者は、さまざまな形で密接にかかわり合ってきた。説話にもとづき、説話を取り入れて作られる芸能はもとより多く、また逆に、芸能を素材とし、芸能にまつわって語られる説話も多い。互いに異次元に属する両者のまじわりによって、さまざまな世界が産み出され、展開する。その展開の諸相を、説話の方からながめるか、芸能の方から見るかによって、光景はまたさまざまに姿を変える。
 そもそも説話とは何なのか、芸能とは何か、それぞれの本質を考えるための貴重な手掛かりが、そこには見え隠れしているように思われる。十三編の珠玉の論考が繰り広げる豊かな多様性の世界を、どうかゆっくりと味読していただきたい。
  平成十七年十一月

説話と説話文学の会 池田敬子 出雲路修 田村憲治 芳賀紀雄 森眞理子 山本登朗
●本書の構成
「舞ノ行道」考 ―舞の家、多氏の言談について― 磯 水絵
田楽・猿楽と説話 ―能楽大成前夜の芸能再考― 田口和夫
謡曲「井筒」の背景 ―櫟本の業平伝説― 山本登朗
《花筐》にみる「物語」の創造 ―作り能《花筐》の制作事情と義教初政期における世阿弥の環境― 天野文雄
この世で一番長い橋 ―能「長柄の橋」考― 大谷節子
能《合浦》の説話的背景 小林健二
狂言嫁取り物の展開と説話世界―「二九十八」「吹取」、そして「因幡堂」― 稲田秀雄
狂言《通円》をめぐって ―付・翻刻「通円家文書」― 関屋俊彦
舞曲『太職冠』における舞楽 肥留川嘉子
『しんとく丸』の成立基盤 ―説話と芸能― 阪口弘之
江戸初期における一門三賢説話の消長 ―能《正儀世守》と古浄瑠璃『小篠』を手掛かりに― 中嶋謙昌
近世後期淡路座の人形浄瑠璃 ―『敵討肥後駒下駄』の成立― 久堀裕朗
『清水清玄行力桜』 ―近世演劇に見る清玄桜姫物― 河合眞澄


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ISBN4-7924-1357-5 C3091 (2006.1) A5 判 上製本 448頁 本体8500円