院政期以後の歌学書と歌枕
―享受史的視点から―
赤瀬知子著


院政期から江戸時代初期までの歌書を対象に、文献学の方法論を駆使して得られた実証的研究を、享受史の視点から読み直そうとする試み


本書の構成

序 三村晃功
序論

一 歌学編

『俊頼髄脳』享受史試論  俊頼顕昭・定家へ
享受と諸本  『俊頼髄脳』諸本考
久世本『俊頼髄脳』成立考
古今集一享受史  院政期から鎌倉期
院政期の古今集序注と日本書紀注釈書  勝命『真名序注』を中心に
制詞の享受史・覚え書き

二 名所・歌枕編

疎竹文庫旧蔵『名所三百首注』考
伊達文庫蔵『名所三百首注』研究
曼殊院蔵『内裏名所百首』の性格
『内裏名所百首』の享受と歌枕の固定化
宗祇の読書  岩瀬文庫蔵『名所和歌抄出』をめぐって
『類字名所和歌集抜書』諸本論
抜書の意味  『類字名所和歌集抜書』の場合

三 歌枕資料編

疎竹文庫旧蔵『名所三百首注』翻刻
伊達文庫蔵『名所三百首注』翻刻
『宗砌名所和歌』・『宗祇名所和歌』

和歌初句索引


ISBN4-7924-1399-0 C3091 (2006.10) A5 判 上製本 422頁 本体8500円
享受史的領域の金字塔
京都光華女子大学教授 三村晃功
 和歌文学会などで近時、優れた研究発表をして注目を集めている大谷大学の赤瀬知子助教授が、このたび、これまでの研鑽成果をまとめて、『院政期以後の歌学書と歌枕―享受史的視点から―』なる研究書を出版される運びとなった。
 本書は院政期から江戸時代初期までの歌書を対象に、文献学の方法論を駆使して得られた実証的研究を、享受史の視点から読み直そうとする試みを内容とするが、歌学編、名所・歌枕編、歌枕資料編の三部から構成されている。
 まず、歌学編では、院政期に活躍した源俊頼の歌学書『俊頼髄脳』を対象に、伝本五十七本を調査、整理した結果、顕昭が享受したらしい顕昭本『俊頼髄脳』(広本)と『唯独自見抄』、一方、真観が享受したらしい定家本『俊頼髄脳』『俊頼口伝』の伝本を、各々、想定するなど、当該諸本の享受史に言及している。さらに、久世本『俊頼髄脳』の成立時期の問題にも及ぶ。
 また、院政期から鎌倉期に至る『古今集』の享受史と和歌師範家の展開に触れたり、勝命『真名序注』と江家本『仮名序注』との検討から、院政期の『古今集序注』と『日本書記』注釈書との関連究明を行って、「中世日本紀」なる現象が、つとに院政期初期の『古今集』注釈書に認められる実態を検証している。なお、「制詞」の問題では、戸田茂睡が批判した「制詞」を、室町末期と江戸初期の「制詞」観の比較から、茂睡のそれは中世歌学批判の嚆矢と認めるのは、妥当でないとしている。
 名所・歌枕編では、順徳院歌壇に属する新進歌人が参加して制作された『内裏名所百首』を対象に、曼殊院蔵の伝本が現存最古の伝本のひとつに想定され、また、五百首、四百首、三百首、百首などの抄出本の存在を指摘してもいる。ちなみに、三百首の伝本には数種類の注釈書があり、それが室町時代以降、連歌師などによって広く和歌の初心者に伝播され、歌枕が固定化されていく過程と、室町期の享受史の様相をも明らかにする。
 なお、里村昌琢の『類字名所和歌集』の抜書本(編者未詳)の検討から、江戸初期における「抜書」の実態とその文化史的意味に言及したり、岩瀬文庫蔵の『名所和歌抄出』の検討から、連歌師宗祇の読書の一端を推測したりもしている。
 最後に、歌枕資料編では、疎竹文庫旧蔵本と伊達文庫蔵本の二種の『名所三百首注』と『宗砌名所和歌』『宗祇名所和歌』の四点を翻刻して、斯界に情報提供の貢献をしている。
 以上、赤瀬氏の著書に収録の論考が、いずれも用意周到な執筆意図のもとに、明確な主題設定と綿密な論述計画がなされたうえ、徹底的な文献調査、分析を伴った手堅い実証的研究に立脚した享受史的研究である内実に触れたが、願わくは、この領域の金字塔ともいうべき本書の刊行によって、この方面の研究がさらに飛躍的に進展することを祈念して、この拙い推薦文を擱筆にしたいと思う。