興膳 宏 《中国文学理論研究集成》 全2巻




 新版 中国の文学理論

T
六朝期における文学観の展開  ジャンル論を中心に

U
文学理論史上から見た「文賦」
摯虞『文章流別志論』攷
「宋書謝霊運伝論」をめぐって

V
『文心雕龍』と『出三蔵記集』  その秘められた交渉をめぐって
『文心雕龍』の自然観照  その源流を求めて
日本における『文心雕龍』の受容と研究

W
『詩品』について
『詩品』と書画論
『文心雕龍』と『詩品』の文学観の対立

X
『玉台新詠』成立考
顔之推の文学論
王昌齢の創作論
『文鏡秘府論』における『文心雕龍』の反映
『古今集』真名序覚書
  付索引

ISBN978-4-7924-0630-1 C3398

(2008.11)

A5 判

上製本

518

本体13,000




2 中国文学理論の展開

T
中国における文学理論の誕生と発展  六朝から唐・宋へ

U
抄本としてみた陸柬之書「文賦」
『文心雕龍』隱秀篇の文学理論史上における位置

V
『文選』総説
蕭統「文選序」の文学論
『文選』の成立と流伝
書評 両側面からの『文選』研究  岡村繁著『文選の研究』
『文選』と『本朝文粋』  特に賦について

W
皎然『詩式』の構造と理論
唐代詩論の展開における皎然『詩式』
白居易の文学観  「元九に與うる書」を中心に
『翰林学士集』をめぐって

X
空海と漢文学
日本漢詩史における空海
空海『文鏡秘府論』の世界
『帝徳録』に見る駢文創作の理論

Y
『詩品』から詩話へ
宋代詩話における歐陽脩『六一詩話』の意義
『歳寒堂詩話』の詩人論  杜甫と白居易を中心に
『歳寒堂詩話』の杜詩評

Z
庾肩吾『書品』について
書写の歴史の中での陶弘景と『真誥』
尺牘の文化史的意義
杜甫の書論  ことに同時代批評の視点から

[
Le Fu sur les Letters de Lu Ji
  陸機「文賦」フランス語訳注
  付索引

ISBN978-4-7924-0629-5 C3398

(2008.3)

A5 判

上製本

686

本体14,500


中国文学理論研究の先駆者


神戸大学名誉教授 一海知義

 わが国において、中国文学研究者の数は、すくなくない。しかし中国文学理論の研究家は、きわめて少数である。

 文学理論の研究には、文学に対する繊細で柔軟なセンスと、緻密で鋭利な頭脳を必要とする。興膳宏君は、その資格をそなえた優れた学究である。

 この研究分野の先達に、鈴木虎雄博士のごとき碩学が居られぬではない。しかし興膳君は、戦後日本における開拓者、先駆者として、後生に名をのこすであろう。

 彼は卒業論文に晋の詩人嵆康をとりあげ、以後、主として魏晋南北朝の詩人たちを対象に、研究をすすめて来た。しかし一方、大学院を終える頃から、『文心雕龍』の研究を始め、研究のスタンスが文学理論の方向へ移ったという。そしてその成果は、『文心雕龍』の全訳・注解という、文字通りの大著として結実した。三十二歳の時である。

 その後、晋・陸機『文賦』、梁・鍾 『詩品』など、最も基本的な文学理論書の研究をすすめた。そのレパートリーは広く、中国では南北朝はもちろんのこと、唐・宋の詩論と書論、さらに日本の歌論に及ぶ。空海の巨冊『文鏡秘府論』の全訳・注解は、それらの蓄積の上に世に問われた、大きな成果である。

 興膳君は、若いころ中国科学院の招待で、北京において学術研修をおこない、またフランスに留学、のちにパリの高等研究院で、中国文学理論についての包括的な連続講義をおこなった。

 これらの体験もふまえて、彼は対象を複眼で視ることのできる研究者となり、また彼自身の言葉を借りれば、「異域の眼」で対象を観察する。そのことが、彼の研究の視野を広め、奥行きを深めている。

 興膳君が、研究の集大成である本書の「あとがき」で言うように、彼の研究が「若い世代の研究者の関心を惹きつける契機」となることを、興膳君とともに願ってやまない。


   つとに宏材を振い、中国の文学理論研究を興す


筑波大学大学院教授 芳賀紀雄

 興膳宏氏の博士論文でもある『中国の文学理論』、この名著が入手しがたくなってから時すでに久しい。若い世代の研究者のために増補版などの刊行を望むばかりであったが、かなわぬまま月日が流れた。

 ならば復刊をと思い立ち、快諾された清文堂の前田氏とともに、京都国立博物館に興膳氏をお訪ねしたのは、館長の任期を終えられる二〇〇五年の三月も末のことだった。

 「先生、お願いできますか」。「ソウジが済みましたから、少し手を加えて」。静粛な事務室と連なる館長室で、このお返事に笑いをこらえるには苦労を要した。「先生、懸詞ですか」。「そうとってもらって結構です」。表情ひとつ変えられない「先生」を前にして、畏まるはずのお礼の言上は、あっけなくしどろもどろに終わる。

 その次第は、前年の春、筑摩書房刊の『世界古典文学全集』が四十年の長きを要して完結したことにある。最終回の配本は『老子 荘子』。故福永光司氏との共著として刊行され、興膳氏にとっては、新たな訳注にとりわけ力を注いでおられた『荘子』
(ソウジ)が済んだとの由。心掛けの良い「先生」は、館長室の掃除もお済みでしたね。

 遠い記憶を呼び戻せば、同じ『世界古典文学全集』の『陶淵明 文心雕龍』において、一海知義氏の手になる陶淵明の訳注と併されたのが興膳氏の『文心雕龍』であり、当時、全訳は英訳のみという時代に、しなやかで明快な文章をもってあかりを灯された氏との出会いは、学部学生にして、もはや決定的であった。

 その人が落語に堪能であり、先輩の一海氏のお名前を「友善」
(トモヨシ)に懸けて結ぶ、落語調の生前追悼戯文(『古典中国からの眺め』)をものされていることなどを知るのは、後年になってからである。

 「ソウジ」の件には、おまけがついた。『中国の文学理論』の復刊に際しては、以降の論文を、同時に集成していただけたらという願いもあった。

 「その後の御論文も」。「まとめようと思っているところです。ソウジが済みましたから」。実現したのは、『中国文学理論の展開』。これをもってわが仕事
(ソウジ)は済んだ。

 興膳氏の学問について云々することは、『萬葉集』研究の片隅に身をおくにすぎない者には、もとよりおこがましい。だが、その考究は、『中国の文学理論』から、さらに宏く日本古代文学に及んでおり、氏の学問の祖述は、若い世代にこそ引き継がれなくてはならない。

 ここでは、興膳氏の修士論文「詩人としての郭璞」(『亂世を生きた詩人たち』)を記念し、『晉書』郭璞伝賛の一節を借りて標題を掲げれば、事は足りる。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。