■近世名古屋享元絵巻の世界
林 董一編


近世における一封建都市の繁栄ぶりを彩色ゆたかに活写した「享元絵巻」を読み解き、享元期の名古屋の様相を明らかにする。絵巻の風景や群像、その背景、当時の制度・学問などに関する14編の論考を収録。


【本書の構成】
 カラー口絵
 まえがき 林 董一
第一部 絵巻の風景・群像
 第一章 享元絵巻を読み解く−尾張徳川家七代宗春の時代、名古屋の賑わいと景観− 小池富雄
 第二章 近世名古屋城下町に関する若干の考察 小寺武久
 第三章 近世前期名古屋における商業展開と商業経営 天野雅敏
 第四章 近世名古屋町方の借屋人に関する一考察−借屋人の生活空間に関する整理を中心として− 早川秋子

第二部 絵巻の背景
 第一章 尾張藩主徳川義直と熱田宮 野村辰美
 第二章  『鸚鵡籠中記』諸本成立考 林 董一
 第三章 尾張藩士朝日文左衛門の描く妻 溝口常俊
 第四章 書状にみる尾張の情報(宗春関係記事)、書物の貸借−享保一六・七年の木曽・尾張名古屋と江戸− 服部直子
 第五章 いとう呉服店京店奉公人の退職について 種田祐司
 第六章 天明八年における尾張藩御小納戸小山田勝右衛門の勤務と転役−主として「御小納戸日記」の記事から− 岩下哲典

第三部 絵巻世界の制度・学問
 第一章 徳川宗春の家督相続・官位叙任と幕藩関係 白根孝胤
 第二章 江戸中期の幕府養子法改正の意図について−大名子弟の養子の実態調査から− 稲垣知子
 第三章 徳川宗春の法律観と政策−とくに老子とのかかわりを中心に− 林由紀子
 第四章 天野信景の宋学観 鵜飼尚代
 あとがき 林由紀子




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林 董一博士古稀記念論文集刊行会編・近世近代の法と社会




ISBN978-4-7924-0631-8 C3021 (2007.7) A5 判 上製本 454頁 本体9400円
「近世名古屋享元絵巻の世界」の刊行にあたって
愛知教育大学名誉教授 文学博士 吉永 昭
 「享元絵巻」は、城下町名古屋の歴史の中で享保・元文期(略して享元)、七代藩主徳川宗春の時代(一七三〇−三九)の城下での賑わいを描いた絵巻として有名である。
 また、この絵巻に描かれた時代は、藩主宗春の政治理念もあって城下名古屋に住む多くの人々の生活が最も活気に満ち、多様な文化が花開き、燦然と輝いていた時代でもあった。藩主宗春と八代将軍吉宗との対立によってこの時代は長くは続かなかったが、では、その賑わいの実態とは、また、それらを支えた人々とは、さらには、その輝きとはどういった内容のものであったのであろうか、また、それらはどういった政治・経済・文化的基盤の上に成立していたのであろうか。
 今回、刊行された労作「近世名古屋享元絵巻の世界」は、こうした課題に正面から取り組んだ意欲的な論文集として注目される。全体は三部構成からなり、第一部が「絵巻の風景・群像」、ここでは四人の研究者の研究実績が、第二部は「絵巻の背景」、ここでは六人の、そして、第三部は「絵巻世界の制度・学問」、ここでは四人の研究実績が収録されている。紙数の関係でその個々の内容を紹介することが出来ないのが誠に残念であるが、特に本書は、「享元絵巻」をキーワードに、歴史をはじめとして美術史・建築史・法制史・経済史・思想と文化史・宗教史などのそれぞれ専攻分野を異にする研究者らが一体となって多角的に研究に取り組み、その成果を発表したところにその大きな特色がある。また、その研究者たちは、畏友林董一氏が中心になって編集された「新修名古屋市史」第三巻の執筆者たちとそれに新しく参加された気鋭の研究者たちである。
 ところで、最近の研究では、それぞれの研究対象が細分化され、また、専攻分野を異にした研究者相互間の交流も後退し、研究での全体像が見えにくい嫌いがあるように思われる。そうした中で意欲的な執筆者たちが自己の専攻分野を越えて互いに連携し、自己の研究成果をまとめた意義は極めて大きいものがある。急速にグローバル化が進む現在、特に歴史研究者にはいままで以上に、幅広い視野と柔軟な思考力を持って新しい歴史像を構築することが強く求められている。本書の刊行がその先駆的役割を果たすものとして多くの人々に広く読まれることを強く期待したいと思う。
 
尾張名古屋の政治文化を描く「近世名古屋享元絵巻の世界」
立正大学文学部教授 博士(文学) 北村行遠
 『近世名古屋享元絵巻の世界』と題する本書は、『新修名古屋市史』第三巻にも「『享元絵巻』の世界」と題する同様の章(第四章)があるように、同『市史』の第三巻を執筆した人々によって書かれたもので、それぞれが得意とする分野の論文一四本を収める。いずれも示唆に富む好論文である。
 書名にもなっている『享元絵巻』とは、尾張徳川家七代藩主徳川宗春の治世下、名古屋城下が最も華やいだ時代(享保・元文期)の賑わいぶりを、その景観にあわせて描いた風俗絵巻をいう。宗春は、八代将軍吉宗の改革政治を批判し、これと正反対の積極的な繁栄政策をとり、この時期、名古屋の町はきわめて賑わった。本書は、この『享元絵巻』をキーワードに、絵巻のなかで日々の暮らしを営んでいた人々を取り上げ、かれらの思想・行動を、「絵巻の風景・群像」「絵巻の背景」「絵巻世界の制度・学問」の三部に分け論じている。藩主あり、武士あり、文人あり、商人あり、女性ありと、多彩な人物が登場し、これらの人物の思想・行動を通して、江戸時代の政治文化のあり方、なかんずく尾張名古屋でのそれが見えてくる。
 近年、都市史・都市論など都市にかかわる研究が、巨大都市江戸をはじめ京・大坂を中心に顕著で、数々の成果を挙げているが、尾張名古屋に関しては、まだまだ研究の余地が残されているように思われる。今回、城下町名古屋を中心に尾張名古屋に関する研究が、共同研究のような形で一書にまとめられ、刊行されたことは、これまでの研究を深化させ、空白部を埋めたという意味からも、大きな成果といえる。また本書には、多様な視点から尾張名古屋の研究を進めるにあたってのヒントが多くちりばめられており、これからの研究者にとって必読の書といえよう。
 ところで、『新修名古屋市史』に限らず、一般に自治体史という制約された枠のなかでは、最新の研究成果を網羅的に記述するということは、なかなか困難なことである。自治体史のこうした性格を踏まえて、そこに書き切れなかった事柄、その後さらに発展させることができた研究内容などを収めたいという執筆者たちの熱意が、本書を誕生させる契機になったという。『新修名古屋市史』第三巻と併せて読むことにより、本書の意図がより明らかとなろう。
 尾張名古屋の政治文化や都市研究に資するばかりでなく、近世の比較都市論の立場からも本書の意義は大きいといえる。本書が刊行された事を喜び、今後一層の研究の深化を願って推薦する次第である。