幕末武家の時代相
熊本藩郡代 中村恕斎日録抄
吉村豊雄著



 本書は、肥後熊本藩細川家の家臣・中村恕斎(じょさい)が書き綴った日記『恕斎日録』をもとに、熊本日日新聞に連載していた文章に加筆修正を加え、一書としたものである。
 『恕斎日録』は、恕斎が弘化二年(一八四五)から明治三年(一八七〇)まで、書き継いだ日記である。四十六歳から死去する六十七歳までの壮晩年の日記といえるが、藩校・時習館の教官から郡代に配され、政治・行政の表舞台に立った時期であり、幕末維新期という時代状況とあいまって、日記の内容を充実したものにしている。
 本書の主人公・中村恕斎は、文化元年(一八〇四)、知行一五〇石の中級家臣・中村正彝(まさつね)の嫡男として誕生している。父正彝は郡代を歴任し、藩行政職最高ポストの奉行に登用された人物。中村家は、能楽の金春(こんぱる)肥後中村流の家元という、特異な家柄でもある。
 郡代は民政・地方行政の第一線に立つ。水利・土木事業などの農業基盤整備事業、零落所・災害救済、社会救済、種々の紛争・トラブル処理などに当たる。『恕斎日録』は、当時の地方行政の実際と人的ネットワークに興味ある素材を提供してくれる。
 また、もう一つの史料的価値は、幕末維新期の激動期に書かれていることである。恕斎は、ペリー来航当時阿蘇郡代の職にあったが、来航以後、日録の内容は大きく変わり、対外情報、外交・政治情報が過半を占めるようになる。激動の幕末維新期を文教・行政の一線に立つ人物がどう観たのか。日記ならではの現実感あふれる記述が近世から近代社会への動きをヴィヴィッドに描き出している。
 『恕斎日録』は近世史研究・幕末維新期研究の基礎史料としての価値を有している。同時に、中村家の家族生活も詳細に描かれている。そこにはつつましくも、情愛に満ちた家族生活がある。幕末・維新の世相のなかで一つの武家の家族、能の家元がどのように生活していたのか。是非、ご一読いただきたい。




  著者の関連書籍
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  吉村豊雄・春田直紀編 阿蘇カルデラの地域社会と宗教



上巻 ISBN978-4-7924-0643-1 C0321・下巻 ISBN978-4-7924-0644-8 C0321 (2007.12) 四六判 上製本 上巻288頁・下巻302頁 各巻本体2,600円


    上巻目次
第一章◎父と子    家臣の正月/御謡初め/家督相続/他
第二章◎教壇の日々と横井小楠との縁    時習館訓導助勤/実学連と郷党連/中村と横井/他
第三章◎教壇から牧民の第一線へ    郡代拝命/郡中廻巡/郡代と公共工事/他
第四章◎公私多忙    子供たちの縁談/武芸試業見分/惣庄屋との軋轢/他
第五章◎ペリー来たる    ペリー来航/浦賀警備への出陣/浦賀警備の日々/他
第六章◎鶴崎転任と安政の多事多端    安政の大地震/殿様祭り/目鑑橋の築造/他
第七章◎コレラと苦闘する菊池・合志郡時代    コレラ騒動/アメリカ総領事ハリス/外交と踏絵/安政の大獄/清正二百五十遠忌の賑わい/長岡監物の死/井伊大老暗殺/他
第八章◎郡代稼業が板についた上益城郡時代と藩主交代    嘉永井手と通潤橋/飢饉への教諭/新藩主の入国/他
第九章◎玉名郡転任とロシア艦対馬占拠事件    対州外聞/決意の参勤/郡代の自決/他



    下巻目次
第十章◎政治色強まる日録    肥後尊攘派の表出/島津久光の通行/「国是」のゆくえ/他
第十一章◎文久の改革余波    富国強兵と民政/御前様の行列/他
第十二章◎高まる長州との緊張関係    西洋筒製造/禁闕守衛兵/長州動乱/他
第十三章◎第一次長州征討    小倉応援/小倉撤兵/郡代の左遷/他
第十四章◎郡代最高位(飽田・詫摩郡代)への到達    大坂米祝い/御郡様祭り/山神祭再興/他
第十五章◎第二次長州征討    恕斎の長州観/小倉大合戦/小倉惣引払い/他
第十六章◎本格的銃隊編成    西洋式銃隊/幕末の干拓/大政奉還前夜/他
第十七章◎大政奉還と藩政改革の嵐    大政奉還/王政復古/薩摩の脅威/他
第十八章◎なじめぬ秋霜烈日    穿鑿頭就任/辞意/他
第十九章◎三つ巴の抗争    洋式軍制をめぐる紛糾/続く政治抗争/肥前姫様輿入れ/ハーマン号遭難の衝撃/他
第二十章◎一熊本藩士の黄昏    熊本城解体/日録の終焉/他



 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。