■史伝 蜂須賀小六正勝
牛田義文著


阿波藩祖・蜂須賀小六の生涯から、信長・秀吉の時代と姿を描くとともに、墨俣一夜城と「武功夜話」の真実を追究する。蜂須賀家重臣牛田氏の末裔である著者による、蜂須賀小六正勝の本格的研究書。


本書の構成

第一章 生い立ちと家族
   一 小六の幼少期
   二 小六の遠祖
   三 小六の家族
   四 小六の妻
第二章 木曽川筋での小六
   一 宮後村での地縁関係
   二 岩倉城家老 稲田氏と蜂須賀小六
   三 美濃国との決別
   四 岩倉落城頃と小六正勝
   五 蜂須賀党の肥大化
   六 桶狭間合戦と小六正勝
第三章 信長の西美濃侵攻と小六
  一 永禄三年(一五六〇)の墨俣侵攻
  二 永禄四年(一五六一)の墨俣侵攻
  三 永禄五年(一五六二)の墨俣侵攻
  四 森部・軽海合戦と小六正勝
第四章 信長の東美濃侵攻と小六
  一 小牧築城頃の小六正
  二 犬山落城頃の小六
  三 墨俣築城前夜
第五章 墨俣築城と秀吉隊の誕生
  一 墨俣一夜城の築城
  二 稲葉山城落城の頃
  三 秀吉隊の誕生と上洛戦
  四 京都制圧と南伊勢制圧
第六章 元亀争乱と小六
  一 元亀争乱の開幕
  二 大量殺戮戦の開始
  三 包囲網打破と信玄の西上
第七章 足利幕府の滅亡と小六
  一 元亀争乱の終幕
  二 大名昇進と長浜築城
  三 本願寺の孤立と武田の落日
  四 安土築城の頃
第八章 中国攻めと小六正勝
  一 秀吉、中国地方へ
  二 三木城の反乱
  三 離叛者の黄昏
  四 播但地方制圧
  五 秀吉大名の誕生
第九章 秀吉政権への道
  一 本能寺の変
  二 柴田勝家の敗亡
  三 家康との対立
  四 紀州・四国制圧戦
第十章 阿波国、拝領
  一 蜂須賀家政の阿波国拝領
  二 阿波国拝領の時期
  三 阿波拝領直後の家政
  四 国老七人衆
第十一章 小六の他界
  一 京都と阿波国
  二 小六正勝の他界
  三 小六正勝の墓所
第十二章 墨俣一夜城の構築
  一 異能集団 川筋衆
  二 墨俣築城の存否
  三 『武功夜話』偽書問題
第十三章 秀吉と毛利との講和 ― 正勝の偉業と知られざる一面―
   はじめに
  一 天正十年の講和交渉
  二 天正十一年の講和交渉
  三 天正十二年の講和交渉
  四 山陰方面での講和交渉
  五 講和交渉の終結


  ◎牛田義文(うしだ よしふみ)……1930年徳島県阿波郡(現、阿波市)生まれ  中央大学法学部卒  主要著書に『訳注 阿淡藩翰譜』(全12巻)、『稿本 墨俣一夜城』など


ISBN978-4-7924-0657-8 C3021 (2008.10) A5 判 上製本 508頁 本体12,000円
蜂須賀小六正勝と「武功夜話」 
小和田哲男 静岡大学教授  
 これまで、蜂須賀小六正勝について調べようとすれば、誰もが渡辺世祐氏の『蜂須賀小六正勝』を繙くことになっていたと思われる。いまでも使われる古典的名著であることはまちがいない。しかし、同書は昭和四年(一九二九)の刊行であり、その後、史料もかなり出てきたし、研究も進み、明らかな誤りもいくつか指摘されている。
 徳島出身で、蜂須賀家重臣牛田氏の末裔の一人である牛田義文さんが、若いころから蜂須賀小六研究を志し、このほど『史伝蜂須賀小六正勝』をまとめられた。ようやく渡辺世祐氏の『蜂須賀小六正勝』を乗り越える研究成果が出たとの印象である。
 牛田さんの研究の特徴は、できるだけ自分の主観を排し、史料に語らせるという手法をとっている点である。その史料も、「蜂須賀家記」のような周知の史料だけでなく、「阿淡藩翰譜」「阿陽忠孝伝」といった在地史料まで目配りしていて注目される。
 しかし、本書の最大の“売り”は、史料として「武功夜話」を縦横無尽に駆使しているところであろう。蜂須賀小六正勝とほとんど行動を共にしていた前野将右衛門長康の家伝史料である「武功夜話」については、偽書説も出されているが、牛田さんはそれを逐一論破しているのである。
 「武功夜話」についてはたしかに評価がむずかしいところもある。しかし、私も偽書ではなく、史料として使える部分も多いとみており、本書は、その面からも注目される研究と思われる。
 なお、これまでは、『信長公記』にほとんど描かれていないため、歴史の表面にはほとんど出ることのなかった木曽川流域のいわゆる「川筋衆」にも光があてられており、信長台頭期の濃尾史研究にも貴重な材料が提供され問題が提起されている。
 その他、天正十年(一五八二)の毛利氏との講和交渉における小六正勝の働きなどを掘りおこしており、戦国・織豊期研究に一石を投じる内容となっている。内容の一端を紹介し、お薦めする次第である。
 
丹念な考証の上に描く力作
高橋 啓 鳴門教育大学学長  
 戦前、旧徳島城跡の徳島公園には、鉄冑に袖のない荒縅の鎧を着し、野太刀・長槍を携えた精悍な蜂須賀正勝像が四辺を睥睨して立っていた。徳島では、蜂須賀正勝は徳島藩の礎を築いたという意味で、「藩祖正勝公」と呼ばれ、市民からも親しまれていた。
 ところが、正勝をめぐっては、小瀬甫庵『太閤記』の影響もあってか、史実・虚説取り混ぜて、まさに諸説紛々。その歴史的実像は定かではなかった。わずかに、戦前の渡辺世祐著『蜂須賀小六正勝』(雄山閣、昭和四年)によって、秀吉の全国統一の過程における正勝の事績の大概が明らかにされているのみであった。したがって、秀吉政権の成立に大きな役割を果たした蜂須賀正勝の正確かつ克明な史伝は、秀吉政権の形成過程やその権力構造、さらには徳島藩の成立を見極める上でも待望久しいものがあったといえよう。
 本書は、そうした中で、牛田義文氏が長年にわたる研究の結実を満を持して世に問うたものである。著者の牛田義文氏は、秀吉を「天下人」に押し上げた原動力の一人が他ならぬ蜂須賀正勝であると高く評価し、「信長という将棋盤の上で秀吉・蜂須賀小六正勝・前野将右衛門長康と云う駒がどのように動き、さらに又、秀吉という盤面上で蜂須賀小六や前野長康がどのように動くのか、その概要把握を目指したのが本書である」と本書執筆のねらいを述べておられる。本書の面白さは、蜂須賀家文書をはじめ、『徴古雑抄』『蜂須賀家記』『阿淡藩翰譜』『信長公記』『武功夜話』など、関連する古文書・記録類・諸書を博捜して、丹念な史料吟味や考証を積み重ねた上に、正勝の出自からその死に至る全生涯を余すところなく描ききった点に求められるであろう。近世徳島藩の成立に関心をもつ私にとっても、秀吉による四国の国割りや、蜂須賀氏の阿波入国にあたっての「秀吉七人衆」(通説では蜂須賀家の宿老層)の位置づけおよびその役割などについて教えられることが多かった。
 牛田氏は、在野の歴史家であり、これまでにも『訳注阿淡藩翰譜』(全一二巻)など数多くの著作を公刊されている。秀吉政権や阿波の歴史に関心をもたれる多くの方に本書のご一読をお薦めしたい。