歴史のなかの狭山池
最古の溜池と地域社会
市川秀之著


日本の土木史・土地開発史・環境史などにとって重要な意味を持ち、現在も農業や治水の上で大きな機能を果たしている狭山池の築造以降の歴史を考察する。


本書の構成

第一章 狭山池の歴史を探る
  はじめに/狭山池の立地と構造/平成改修と文化財調査/狭山池研究の歩み
第二章 発掘成果からみた狭山池
  須恵器窯の調査/樋の調査/大溝の調査/池尻遺跡の調査
第三章 堤体断面が語る狭山池の歴史
  堤体の保存と調査/中樋地点での調査/各層の年代/東樋地点での調査/第一次堤防の築堤方法/まとめ
第四章 狭山池の築造
  最古の溜池/池岸の須恵器窯の調査/北堤周辺の調査/東樋遺溝の調査/狭山池築造の意義
第五章 狭山池の形態の変化
  復原の前堤/狭山池築造以前/築造時の狭山池/奈良時代の狭山池/鎌倉時代の狭山池/慶長改修以降の狭山池
第六章 樋の復元と類型化
  樋の形態と類型/狭山池出土の樋の復元/樋の系譜
第七章 重源の狭山池改修
  重源狭山池改修碑の発見/改修碑の形態/碑文の内容/碑の性格/重源の狭山池改修の具体相/重源の事蹟における狭山池
第八章 狭山池の災害史
  災害史研究の意義/地震による被害/堤防の被害/西除の被害/災害の変化/災害史に学ぶもの
第九章 近世狭山池をめぐる商人と職人
  新たな改修史の展開に/近世狭山池の改修/商人による改修/交流史としての狭山池改修
第十章 南河内における溜池の類型と築造年代
  これまでの溜池の類型・年代論/溜池の立地・類型・年代/ダム型の溜池/河川付け替え型の溜池/皿池型と谷池型の溜池/溜池史の画期
第十一章 大和川付け替えと水利網の変容
  狭山池・大和川・依網池/付け替え以前の依網池/付け替え反対運動/付け替え直後の依網池/依網池の埋立てと分割/分割後の依網池/まとめ
終章 狭山池をめぐる開発・環境・信仰
あとがき





 著者の関連書籍
 山口之夫著/福島雅藏・市川秀之編 河内木綿と大和川

 大阪経済法科大学 河内学研究会 編 「河内学」の世界



ISBN978-4-7924-0668-4 C3021 (2009.4) A5判 上製本 262頁 本体4800円
現場からの発信
京都大学人文科学研究所准教授 岩城卓二
 本書は大阪南部に位置し、国内でもっとも古い溜池の一つとされる狭山池を対象にした考古学・歴史学・民俗学の学際的研究である。古代から現在までを対象に、土木技術・開発・環境・農業水利・信仰等々、実に多方面から狭山池をめぐる人々の歩みに光が当てられている。狭山池のことだけでなく、学際的研究の方法や、疎遠になりがちな他分野の研究蓄積を知ることができる意義深い一書で、しかもこれらが著者一人の営みであるところに本書の凄さがある。
 著者市川秀之氏は大阪狭山市の文化財担当職員、大阪府立狭山池博物館の学芸員として、長年にわたって狭山池と向き合い、研究を発信されてきた。本書はその集大成である。ここ数年、大阪府内の文化財担当職員・学芸員は次々に大部の力作を著されている。共通するのは来館者・地域との対話を大切にする姿勢であり、また特定の時代・専門に特化することを許されない職場環境から広い視野を獲得し、それらを研究の活力にしていることである。市川氏はその一人で、この氏のキャリアが本書の凄さを生み出したといってよい。随所で現在へのメッセージが発信されているのも、来館者・地域と対話するなかで、常に研究の意味を問い続けたからであろう。
 近年、博物館は目にみえる即効性のある成果を迫る「厳しい視線」にさらされている。大阪府立狭山池博物館もそのひとつで、本書は「厳しい視線」への現場からの反撃である。読者には、本書から学芸員の研究の質の高さを知り、その仕事の本分について考えていただきたい。サービス精神旺盛で、観客に親切であっても、研究活動を制約された学芸員の展示は刺激を与えてくれないこと、来館者・地域と意義ある対話を生み出しているのは著者のような学芸員であることを。
 文章はわかりやすいので、多くの方々に一読をお薦めしたい。もちろん難解な用語はあるが、それと格闘し、思考することも読書の楽しさである。そして一読後、狭山池博物館の展示を観覧すれば、展示をささえる研究の奥深さに感動し、博物館の楽しみ方や視線も変わろう。本書は博物館を考えるための一冊でもある。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。