近世被差別民史の東と西
有元正雄著


商品学的視点から牛皮と馬皮を比較し、地帯構造論と呪術的差別の観点も導入し、牛の多い西日本では皮革業、馬の多い東日本では刑吏や勧進の比重のより高い賎民制が成立しやすかったメカニズムを解明していく。


本書の構成

  はしがき
第一章 問題の提示と研究の方法
  一 被差別民存在の地帯性/二 「えた」存在と牛馬飼育の関連性/三 「皮の商品学」的視点の導入/四 皮革技術の発達
第二章 戦国・近世初期大名の皮革政策
  一 東日本の諸大名/二 西日本の諸大名/三 若干の要約
第三章 近世中後期における皮の商品化
  一 東日本の状況/二 西日本の状況/三 皮革業の主産地形成/四 若干の要約―皮革統制の影響―
第四章 皮の商品化の社会的影響
  一 牛馬皮の価額と価額差/二 皮の商品化のもたらすもの/三 穢れの生産阻害観―呪術的差別―
第五章 被差別民特質の地帯性
  一 人口の増減と肉食問題/二 勧進の諸相/三 「長吏型」と「皮多型」
第六章 終章に代えて
  あとがき




 著者の関連書籍
 有元正雄先生退官記念論文集刊行会編・近世近代の社会と民衆



ISBN978-4-7924-0671-4 C3021 (2009.3) A5判 上製本 266頁 本体4800円
農業史・宗教社会史と被差別民史の見事な結合
和歌山大学教授(教育学部) 藤本清二郎  
 著者は近代史の研究者で、地租改正・地主制研究を手がけ、近年、近世から近代にかけての宗教社会史を開拓されている日本史研究の大先達である。そして本書は近世の被差別民を扱った研究である。この三つの研究分野が見事に結合されているのが本書である。
 著者は被差別民「えた」が「西日本に多く、東日本に少ない」のはなぜか?と問い、これに関し「現在まで定説をもっていない」のは「被差別民制が成立している歴史的・社会的土壌にまで立入りその基盤との関わりで検討する姿勢が少なかったことによる」とのべている。「歴史的・文化的土壌」「歴史的風土」に注目するとは具体的に何に注目することであるか。それは「皮質」である。「牛と馬との皮質の差異」である。牛と馬の違い、つまり農業史の成果を駆使し、「皮質の差異」を被差別民の東西差に結びつけた。このような骨太の研究はこれまでほとんどなかった。
 次の見解は卓見である。著者は地主制史研究の基本的な手法である「地帯性」=地帯構造論を導入して全体構造を把握し、皮の商品学的視点の導入により、「皮質の差異」が近世中後期の「皮の商品化」、その質・量の差を生み出し、「えた」身分存在の東西の差異を生み出していると説明する。このような社会的基盤・経済的理由から人口や集落規模の東西の差を明確に説明した例はないであろう。地域差については多くの研究者が漠然と考えてきたことであるが、著者は地帯性と商品(商品の特質)という明確な論理で地域差を論じている。注目されるのは、著者が、このような観点の延長線上に、「穢れの生産阻害観」(呪術的差別)という視点を獲得し、文化の深みから「えた」身分の特質をとらえ、東西の差異を説明していることである。
 著者は、近世から近代にかけての近年の被差別民史研究・部落史研究は「閉塞状況にある」とし、かくして、東西の差異分析=本質理解の方法で、周知の研究・史料を駆使して本書で新しい歴史像を再構成した。地主制史(農業史)・宗教社会史・被差別民史はここに見事に結合された。我ら後学の者は本書より、研究における理論と実証を学ぶことができるであろう。