江戸時代、漢方薬の歴史
羽生和子著


江戸時代に、どの様な唐薬がどの様な薬効を期待して輸入されたのか。歴史学と薬学との両面から輸入唐薬に焦点を当て、国内流通と病理的効能とに関連する問題を広範囲にわたって俯瞰する。


■本書の構成


第一編 江戸時代における輸入唐薬の概要
  第一章 唐薬の故郷をたずねて――北京の同仁堂と杭州の胡慶余堂
  第二章 江戸時代における輸入唐薬について
  第三章 江戸時代唐船舶載唐薬・山帰来の日本流入

第二編 江戸時代における唐薬輸入と流通――長崎・大坂・江戸
  第四章 江戸時代における輸入唐薬の品名・数量について――「江戸下し海陸荷物書上一件」文書を中心に
  第五章 宝永・正徳期唐船舶載唐薬の日本流入について――『唐蛮貨物帳』を中心に
  第六章 宝暦五・六年における輸入唐薬の流通と江戸送り八品について
  第七章 道修町の沿革と大坂薬種中買仲間

資料編
  「江戸売買」江戸下し海陸荷物書上一件(壱番)
  「江戸売買」江戸下し海陸荷物書上一件(弐番)

  漢方薬索引/漢方薬別図版・解説




  ◎羽生和子(はぶ・かずこ)……1931年大阪市船場生まれ 帝国薬学専門学校(現、大阪薬科大学)卒業以後、塩野義製薬勤務をへて薬剤師として活躍 2007年関西大学大学院文学研究科博士課程修了 関西大学文学博士



ISBN978-4-7924-0925-8 C3021 (2010.7) A5判 上製本 310頁 本体5800円
理系と文系の複眼的研究の成果
関西大学東西学術研究所所長・関西大学文学部教授 松浦 章
 江戸時代の長崎には毎年多くの唐船即ち中国商船が来航してきた。その唐船によって大量の漢方薬剤、唐薬が舶載されてきた。唐船によって輸入された唐薬は、当時の日本にとっては特効薬のように重宝されたのである。正徳五年(一七一七)に施行された正徳新例、海舶互市新例の制定に参画した新井白石は、海外への日本産金銀の流失を嘆き、その削減に努力しようとしたが、一方「薬物・書籍」(『折たく柴の記』)の輸入に日本の財貨を使うことは否定しなかったように、江戸時代の日本には、唐薬の輸入に必要不可欠の事情があった。しかしこれまで個々の唐薬がどのような薬効があって日本で使われていたかの研究は多くされてきたが、長崎に輸入された各種の唐薬の国内流通と病理的効能とに関連する問題を広範囲にわたって俯瞰した研究は皆無であった。本書の著者羽生和子氏はその困難な問題に果敢に挑まれたのである。
 羽生和子氏は、わが国最初の女子薬学専門学校である帝国薬学専門学校(現・大阪薬科大学)において学ばれ、卒業されると塩野義製薬に勤務された。その後、医師の羽生文武氏と結婚され、羽生氏の医院の薬剤師として協力される一方、長男、次男とお二人の医学博士を育てられた。そして七十路にして関西大学文学部の東洋史専修の三年次に編入され、さらに大学院の博士前期課程、後期課程と七年にわたって研鑽を積まれたのである。その選択された課題が「江戸時代における唐薬受容の研究」であった。博士論文を作成するための基本史料として大阪道修町にある「くすりの道修町資料館」に幾度となく足を運ばれ関連資料を収集し、さらには唐薬の故郷である中国の代表的な薬店も探訪するなど、言うに易し行うに難しの道を孤軍奮闘されたのである。
 本書の特徴は、羽生氏自身も述べられるように、「理系と文系の複眼的思考」とされる貴重な研究であり、江戸時代における中国文化受容の一端を担った唐薬受容史の基盤となる成果である。斯界の多くの識者に読んで頂きたいと願うものである。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。