近世天皇論
近世天皇研究の意義と課題
藤田 覚著



■本書の構成

  総論 近世王権論と天皇
第一部 江戸時代の朝幕関係
  近世武家官位の叙任手続きについて 
―諸大夫成の場合―
  江戸期女性天皇に見る皇位継承の論理

第二部 朝廷の再興・復古と光格天皇
  国政に対する朝廷の存在
  「天皇号」の再興
  光格天皇の意味 
―復古と革新―
  松平定信の評判

第三部 逆転する朝幕関係
  江戸幕府の天皇観
  幕藩体制の危機と天皇・朝廷
  天保期の朝廷と幕府 
―徳川家斉太政大臣昇進をめぐって―
  宣  命 
―表現された天皇の意識―
  近世天皇の政治的君主化とその限界
  幕末の朝廷

  終章 近世天皇研究の意義と課題


  ◎藤田 覚(ふじた・さとる)……1946年生まれ 東京大学名誉教授




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ISBN978-4-7924-0954-8 C0021 (2011.12) 四六判 上製本 294頁 本体2,800円
 近世は、天皇・朝廷の長い歴史のなかで、その生成過程とならんでもっとも重要かつ興味深い時代である。その理由は、天皇・朝廷が、その歴史のなかでもっとも政治的な権力を喪失しながらも存続し、しかも近代天皇制へ復活を遂げたという歴史事実が存在するからである。

 近世の天皇には、三つの権限、すなわち官位授与・元号制定・暦作成の権限が残されていたといわれてきた。ところが、そのいずれも幕府が事実上の決定権を握り、天皇・朝廷がもっていたのは、形式的で名目的に認証する「権限」にすぎなかった。そもそも天皇は、自らの譲位と即位、後継の決定という進退の決定権を喪失し、幕府の許可・同意が必要だったことは、天皇の位置を象徴的に物語っている。

 だがしかし、政治権力という面では現実にそのような存在であった天皇は、近世を通じて江戸幕府、武家によって否定されることなく存続した。「なぜ天皇は続いたのか」、この問いに答えることは、日本史研究最大の課題の一つである。その点からすると、近世の天皇は、その問いに答えるための重要な対象・素材なのである。

 その問いに答えるためには、第一に、近世天皇・朝廷の存在のあり様を解明することが必要である。近世の国家、その政治・社会・文化・宗教における天皇の位置と役割を具体的に明らかにすることが決定的に重要であろう。その存在をたんに古代的・伝統的権威で片づけるのではなく、近世的権威としての天皇像の解明が求められる。第二に、近代天皇制への復活という事実をみすえて、天皇が政治的に浮上し、復活するその具体的な契機と歴史過程を、事実に即して具体的に明らかにすることが重要だろう。

 このように近世天皇・朝廷の研究は、天皇存在の本質に関わり、日本歴史のもっとも重要な課題に迫ることができる。ここにこそ研究する大きな意義があると考える。
(藤田 覚)
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。