軍港都市史研究U 景観編
上杉和央編



軍港都市をめぐる様々な問題を、軍港を支えた地域社会の視点から、学際的に研究する。
本巻では、横須賀・呉・佐世保・舞鶴・大湊の景観変遷をたどるほか、軍港都市に集う人々の特徴や、景観認知に関わる問題等を論じる。


■第U巻 景観編の構成


  軍港都市と景観……上杉和央

第T部 軍港都市の景観変遷

  地形図と空中写真からみる横須賀の景観変遷……花岡和聖

  コラム 軍隊に関する地図記号……上杉和央
 
  地形図と空中写真からみる呉の景観変遷……村中亮夫

  コラム 地図を彩る記号たち……上杉和央
 
  地形図と空中写真からみる佐世保の景観変遷……山本理佳
 
  コラム 斜めから見た景観〈初三郎の見た舞鶴〉……上杉和央
 
  地形図と空中写真からみる東舞鶴の景観変遷……山神達也

  コラム 地図にみる旅順の景観変遷……柴田陽一
 
  地形図と空中写真からみる大湊・田名部の景観変遷……筒井一伸

第U部 景観に刻まれた軍港都市の諸様相

  明治後期から大正期にかけての海軍志願兵志願者の出身地……花岡和聖

  コラム デジタル地図と軍港都市の景観分析……花岡和聖

  大正軍縮期前後の中舞鶴・新舞鶴 ―人口を中心とする比較分析― ……山神達也

  コラム 舞鶴における近代化遺産……山神達也
 
  軍港都市の遊興空間……加藤政洋

  コラム 『呉花街案内』を読む……加藤政洋

第V部 軍港都市の景観の行方

  戦後佐世保市における「米軍」の景観 ―佐世保川周辺の変容― ……山本理佳
 
  コラム なおも変化する佐世保川西岸部の「軍」の景観……山本理佳
 
  軍港都市における景観保全に対する住民の意識構造……村中亮夫

  コラム 観光客の旅行費用にみる軍港都市のレクリエーション価値……村中亮夫

  軍港都市の住景観 ―不動産広告にみる横須賀の場所イメージ― ……埴淵知哉
 
  コラム 旧軍用地転用公園の景観……筒井一伸




ISBN978-4-7924-0955-5 C3321 (2012.3) A5判 上製本 460頁 本体8,800円

若手研究者の開拓した斬新な成果

防衛大学校名誉教授  田中宏巳
 軍事史の研究を志した昭和四十年頃は、学生運動が過激化する直前で、すでに研究テーマやレポートに戦争や軍事の字面を乗せることも憚られる雰囲気があった。研究会や学会での発表では、政治史や外交史に似せて発表したり、論文発表は特定の雑誌以外にはできなかった。あれから約五十年、社会情勢が大きく変わり、周囲に気兼ねなく発表できるようになった。本書の刊行は、世の中がかくも大きく変わったことを実感させる一事である。

 海軍にとって、歴史の変化に伴う追風を受けたのは幕末からで、明治時代になると国力を投じてその育成に努力した。一夜の仮住まい的性格をもつ陸軍の駐屯地に対して、海軍艦艇の根拠地である「母港」は、危険な任務から帰還した艦艇の乗員が安眠安心できるまさしく母親の胸である。駐屯地のインフラ整備に努力をしなかった陸軍に対し、母港のインフラ整備に非常な努力を惜しまなかった海軍との違いは、こうしたそれぞれの基地の性格に端を発している。海軍の軍港に投じた物的人的資本の投下によって、母港すなわち軍港を中心に都市が形成され、周辺地域の経済・社会の発展に大きく貢献した。それだけに軍港は、軍事はいうに及ばず、政治経済、社会文化等の研究対象になりうる十分なキャパシティーを持っている。

 本書は、政治地理学、経済地理学等多様な分野を専門とする地理学者のみによって執筆されている。つまり軍事は専門外である地理学者によって行われた研究成果であり、従来にない新鮮な内容になっている。副題として「景観編」が付され、目標から距離を置かないと景色が見えないように、軍港という対象から距離をとって観察する手法で各テーマにアプローチしているのが本書の特徴である。距離をとるため、軍港内で活動する個々人を人間集団というマスでとらえ、都市を構成する一軒ごとの建物も空中写真で捉える景観というマスにされる。

 軍事史では、一人の判断で組織を動かせる軍幹部や指揮官の動向に焦点を当て、その意識を考究することが多いが、本書ではマスが見せる現象の分析に徹している。現象という結果を捉える手法のために、現象につながる政策や法令、これらを立てた組織の方針や指導者らの意図、組織内の議論は、どうしても看過されてしまいやすい。たとえ意図と異なる結果になっても、そこに方針や計画を立てて奔走する人間の努力が描かれないのは少々寂しい。しかし、その不満は、他分野の研究の参照によって解消されるべきものなのであろう。
 人間や建物をデータの一つにして数値化して現象を捉える方法は、おそらくコンピューターがもたらした新しい研究法かもしれない。軍事史の分野では、これまでこうした研究法が使われることが少なかっただけに衝撃的ですらある。地域に在住する人や町並みを形成する建物を管理する行政にとっては、本書の成果は極めて高いものがあり、この中に個々人の営みが組み込まれるようになれば、さらにすぐれた研究へと昇華するに違いない。


■軍港都市史研究 全巻構成


第T巻 増補版 舞鶴編〈坂根嘉弘編〉
本編では、舞鶴鎮守府設置により大きく変貌した舞鶴の政治・経済や社会を、地域の視点から解明するとともに、引揚者を受け入れた地域社会の諸相を読み解き、海上自衛隊と戦後舞鶴とのかかわりを究明する。補論などを収録した増補版。


第V巻 呉編〈河西英通編〉
本編では、「呉市から海軍を差し引いたら、何も残らない」(獅子文六『海軍随筆』)と言われた呉の地域社会の実相を多面的に描くとともに、軍港都市呉を中心とした瀬戸内空間がどのような歴史性をはらんでいたのか検討する。

第W巻 横須賀編〈上山和雄編〉
日本海軍で最初に設置された鎮守府を有し、呉と並ぶ最有力の軍港都市であった横須賀市、すなわち軍港都市研究の「本丸」に対し、各執筆者が横須賀の軍港都市としての共通性とその固有の性格を明らかにするという問題意識を共有しつつ、しかし、多様な角度から切り込んだ意欲的な集団研究。

第X巻 佐世保編〈北澤 満編〉
近代都市としての佐世保は、他の軍港都市と異なり、長崎県北部や離島に対する中心都市として発展したという特徴がある。敗戦後の佐世保は、中国からの復員船が到着する港でもあり、その復興が大きな課題となった。平和港湾産業都市構想が、朝鮮戦争や海上特別警備隊の設置などの社会情勢に押されて、しだいに軍港論に変化していく様子をも解き明かす。

第Y巻 要港部編〈坂根嘉弘編〉
まず要港や要港部の変遷と事例を説明し、ついで各章で大湊、竹敷、旅順、鎮海、馬公が扱われる。もう一つの特色は、関東州、朝鮮、台湾という外地に所在した要港が、軍港と植民地都市の二重性ゆえ持った特色が描かれていることである。

第Z巻 国内・海外軍港編〈大豆生田稔編〉
本書は軍港都市史研究の最終巻で、各軍港都市の諸問題を取扱う「補遺」に位置づけられる。国内軍港編は、「海軍工廠の工場長の地位」、「海軍の災害対応」、「海軍志願兵制度」、「軍港都市財政」をテーマにした四編の論文であり、海外軍港編は仏・独・露三国の代表的軍港であるフランス軍港・キール軍港・セヴァストポリ軍港の専門的通史である。



 
◎おしらせ◎
 『経営史学』第53巻第4号(2019年3月号)に書評論文が掲載されました。
 「国家と都市のあいだの不健全な緊張関係 ―『軍港都市史研究』T〜Z―」……稲吉 晃氏


  大阪歴史科学協議会『歴史科学』237(2019年5月)に特集記事が掲載されました。
 〈2018年7月例会 近代都市史・地域史と軍港研究の到達点と課題 ―『シリーズ軍港都市史研究』から考える―〉
 「シリーズ軍港都市史研究を編集して ―成果と課題―」……坂根嘉弘氏
 「シリーズ軍港都市史研究の到達点とその意義をめぐって ―坂根嘉弘氏の論文に関する若干のコメント―」……北泊謙太郎氏
 「討論要旨」……久野 洋氏


 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。