「名君」の支配論理と藩社会
池田光政とその時代
上原兼善著



「名君」の誉れ高い岡山藩主池田光政の家臣団統制、領民支配に苦闘する姿を追究するなかで、17世紀の社会状況を浮かび上がらせる。
家臣団・領民の動向を伝える「御諫箱之書付」は初の翻刻。




■本書の構成



 「名君」の虚像と実像/本書の構成
第一章 寛永期の光政藩政
 はじめに/新田開発の意義/仕置「仕かへ」の背景/寛永十九年の「壁書」「掟」/飢饉と在方の動向/むすび
第二章 家臣団対策
 はじめに/紀律強化と家臣団の動向/京銀の貸付けと倹約の徹底/軍制改革/むすび
第三章 光政藩政の危機
 はじめに/相次ぐ洪水被災/光政「桀紂」/農政の建て直し/在方における矛盾/むすび
第四章 熊沢蕃山・「花園会」勢力と光政
 はじめに/蕃山・「花園会」勢力の重用/池田出羽の光政批判/蕃山の致仕/光政と「江西学派」/むすび
第五章 衰退する士風
 はじめに/家中の在郷逼塞/男色をめぐる問題/池田主計事件/むすび
第六章 宗教政策
 はじめに/神社・寺院淘汰と神職請の展開/上野寛永寺との争論/天台宗寺院の返還と神職/むすび
第七章 光政藩政末期の在方の矛盾
 はじめに/津高郡百姓「目安」と『御諫箱之書付』/解消されない危機/「御救」の破綻/むすび
第八章 軍役システムの破綻
 はじめに/心学奨励と藩情/寛文十年の「簡略」令/「逼塞」人の救済/むすび
総  括

(史料翻刻)『御諫箱之書付』『寛文七 江戸へこし候諫箱ニ入書付』


    ◎上原兼善(うえはら・けんぜん)……1944年、沖縄県生まれ 九州大学大学院博士課程退学 現在、岡山大学名誉教授 博士(文学)


ISBN978-4-7924-0971-5 C3021  (2012.7) A5判 上製本 494頁 本体11,000円
家臣・領民と対峙した名君政治
早稲田大学名誉教授 深谷克己
 近代以前の東アジアの諸国家は、名君(明君・英主)や名臣(賢宰)の「物語」を数多く持っている。名君とは、「天意」を受け、「民は国の本」を教条にして、「教諭」優先の「政」を行う「有徳」の「君主」のことである。名臣は、君主の政を支えて官吏群を駆使する宰相であり、官吏は、宰相の下で諸分野の実務を行う群臣である。近世初期の名君の一人、岡山藩主(姫路・鳥取藩主を経る)池田光政をそれに当てはめると、日本史的な独自性と人格的な個性が浮かび出る。光政は「天」から「民」(百姓)を預かった「上様」(将軍)から、さらに大名領に応じた人数の百姓を預かり、「安民」を目標に啓蒙の「教諭」を繰り返しつつ、眼前の難題克服にいどむ「政」に生涯を使い切った、「有徳」以上に「有学」「有志」の「君主」であった。
 光政は、安民を達成するために、賢宰と実務官吏の成長を欲したが、家臣を望む方向に組織することは容易でなかった。本書は、「家臣団対策」として規律・倹約・士風を詳細に検討し、また軍制改革や「逼塞」人救済策などについても丁寧に検討している。これらは、理想の治政を実現するための環境整備の苦心である。その熱意が、かえって家臣との間に齟齬と確執を生み、光政はたびたび苛立ち、それが教令として残された。本書は、個人あるいは集団としての家臣たちの光政に対する、諌言・提言をふくむ様々な抵抗を検討することで、名君の伝承を生んだ政治がどういうものだったかを鮮やかに照らし出した。
 ただし本書は、藩政の行き詰まりを明らかにして名君像の虚実を解明したが、それは名君評価が誤認にすぎないという意味ではない。名君の「物語」は、民百姓を成り立たせる意図を明確に持ち(百姓成立)、領国を私物視しないという立場を鮮明にしている(預治)。どの藩でも確立期には、藩主権の強化が進む。岡山藩でも同じだが、ただ藩主権の強弱だけでなく、藩権力の全体をどういう活動方向に制御していこうとしたのかが大事である。「危機」は常在的で完全な克服はできないにせよ、安民・預治の藩運営をめざしたのが、のちに名君とされる大名である。
 本書には、「諫箱」の翻刻史料が掲載されたが、これはただ難読史料を附録にしたということではない。光政期の藩政が「民情」を土台にした家臣統制、領内支配であろうとしたゆえに、虚実増幅の名君録が生まれることを、「諫箱」はよく示しているのである。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。