近世語推量表現の研究
鶴橋俊宏著


平成25年度吉川博士記念賞受賞
推量表現の実態を通時的に考察し、ダロウを中心とした、常体における江戸語の推量表現の全体像を明らかにする。


■本書の構成

第一部 江戸語の推量表現

第一章 先行研究・研究資料
第二章 宝暦期歌舞伎台帳にみられる推量表現
第三章 洒落本の推量表現
    第一節 明和期〜寛政期のウ・ヨウとダロウ
    第二節 享和期以降のウ・ヨウとダロウ
    第三節 洒落本におけるノダロウ
    第四節 洒落本におけるデアロウ
第四章 咄本の推量表現
第五章 人情本の推量表現
    第一節 文政期人情本における推量表現
    第二節 為永春水の人情本におけるダロウ・ノダロウ
    第三節 天保期以降の人情本におけるダロウ・ノダロウ
第六章 滑稽本の推量表現
    第一節 式亭三馬の滑稽本におけるダロウ・ノダロウ
    第二節 滝亭鯉丈の滑稽本におけるダロウ・ノダロウ

第二部 推量表現の周辺・江戸語の資料について

第一章 助動詞ウ・ヨウの命令表現用法
第二章 江戸語の比況表現 ミルヨウダ・ミタヨウダについて
第三章 洒落本『祇園祭?燈蔵』に描かれた「お屋敷ことば」
第四章 朧月亭有人『春色恋廼染分解』における江戸語について

第三部 近世駿河方言資料と推量表現

第一章 近世後期駿河方言資料
第二章 『東海道中膝栗毛』の駿河方言
    第一節 文法の面から
    第二節 音韻の面から
第三章 その他の滑稽本における駿河方言
第四章 『東海道中膝栗毛』におけるベイ・ズ・ウズについて
第五章 デアラズ小考



  ◎鶴橋俊宏(つるはし としひろ)……1957年、静岡県生まれ 國學院大學大學院文学研究科博士課程(後期)単位修得 現在、静岡県立大学短期大学部教授



ISBN978-4-7924-0977-7 C3081 (2013.1) A5判 上製本 398頁 本体11,600円

   「近世語推量表現の研究」を推薦する


国際基督教大学元教授・国立国語研究所名誉所員 飛田良文

 江戸文学を言語資料とするときは、その表現が何を目的としていたかを知る必要がある。国文学研究資料館教授本田康雄は、洒落本、滑稽本、人情本のような会話体文学は、歌舞伎の脚本の形式をとった、物真似を文字化した文芸である、と江戸の会話文学の本質を突いている。そこに登場する人物は、士農工商の身分と職業、性別などを反映している。歌舞伎・咄本・滑稽本・人情本の登場する人物は、それぞれジャンルによって異なっている。したがって、「洒落本、滑稽本、人情本などの用例を単に並べるだけでは江戸語の実態も通時態も描けない」と、本書で鶴橋俊宏教授は鋭く指摘している。本書はこの点に注意をはらって、洒落本、滑稽本、人情本を中心に用例を集め、咄本、歌舞伎などのジャンルと比較しながら、推量表現の実態を通時的に考察し、ダロウを中心とした、常体における江戸語の推量表現の全体像を明らかにした。

 また、本書では近世駿河の資料とその言語についても述べられている。地方語と江戸語の推量表現の対照に加え、語彙の収集や音韻現象の検証も行っている。

 江戸語の調査を網羅的に行い、中村通夫、原口裕によって先鞭の付けられた推量表現の研究を、未開拓の資料から用例を求め、その研究成果を補完し、江戸語の全体像を明らかにした。特に、ノダロウの初出例を発見し、ダロウ・ノダロウの実態を初めて明らかにしたのは最も注目すべき点である。本書の研究は東京語への展開を視野に入れたものであり、今後の推量表現研究の基盤として活用されるであろう。

 本書では触れられることが少なかった敬体の表現、さらには明治期東京語の実態を明らかにする準備があると聞く。今後の研究にも期待する。

 鶴橋俊宏教授の二十数年にわたる、誠実な人柄を反映する重厚な研究成果が刊行される。一人の日本語研究者の熱意が、今ここに結実したことを喜び、推薦の言葉とする。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。