近世の建築・法令・社会
妻木宣嗣著


2015年度(第20回)建築史学会賞受賞
本書は近世における寺社建築行政と建築、さらにそれを取り巻く社会構造、すなわち人々の思惑と規制の解釈について考察する。第一部では、河内国の古橋大工組関係史料、および摂津国の福井大工組史料などを用いて、畿内、主に摂津・河内国における規制行政と、「規制運用の実態にみる規制解釈の幅」について、遺構や社会的背景をふまえつつ述べる。続く第二部では、摂河とは対照的な行政的枠組みである藩領における建築規制の一例として、萩藩の寺社建築物に対する規制について考察する。以上から、都市に対する権力、都市に住む人々、規制を意識しつつ建築する大工、かれらの建築に対する考えについても迫る。


■本書の構成

序  章
第一節 既往の近世における建築規制研究/第二節 近世の建築規制概観/第三節 建築規制における一つの傾向


  第一部 建築規制と大坂町奉行所・大工・施主

第一章 畿内における建築規制と大坂町奉行所
はじめに/第一節 大坂町奉行所と規制/第二節 当該地域における民家普請申請手続きについて/第三節 畿内における建築規制行政の相違(その枠組把握のために)/第四節 大坂町奉行所による規制行政と、大工組織による規制運用/まとめ

第二章 摂河における規制と行政
はじめに/第一節 普請申請書類からみた規模表現と記載規模の実態について/第二節 大坂町奉行所支配地域における建築規制運用の実態/まとめ

第三章 在郷大工組を取り巻く施主方の動向
はじめに/第一節 大工出入と大工の得意場/第二節 大工組織を取り巻く施主あるいは村方/第三節 大工組織を取り巻く社会的環境と規制/まとめ

まとめと今後の課題


  第二部 萩藩の寺社に対する建築規制と違反例

第一章 寺社建築物に対する建築規制と作事申請手続き上の違反
はじめに/第一節 寺社建築物に対する建築規制/第二節 「諸士御仕置帳」にみる手続き上の違反/まとめ――萩藩寺社建築物規制の特徴

第二章 寺社建築物における申請相違作事・不届け作事
はじめに/第一節 寺社建築物に対する部分的な申請相違・不届け作事/第二節 作事と処分/まとめ

第三章 普請申請書類と全く異なる作事が行われた申請相違作事・不届け作事
はじめに/第一節 見分のがれ作事について/まとめ

まとめと今後の課題


終  章



  ◎妻木宣嗣(つまき のりつぐ)……1969年大阪市生まれ 大阪工業大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程修了 現在、大阪工業大学工学部空間デザイン学科准教授 博士(工学)




 著者の関連書籍
 妻木宣嗣著 ことば・ロジック・デザイン

 藪田 貫編 近世の畿内と西国



ISBN978-4-7924-0985-2 C3021 (2013.9) A5判 上製本 440頁 本体9.400円

  
領国と非領国とを比較した社会史的研究

関西大学大阪都市遺産研究センター長 藪田 貫

 建築といえば、建物である。構造物である。三次元の理工系の世界である。それを対象とする研究分野に、これほど「書かれた記録」を駆使した成果が生まれるとは。
 著者妻木氏とは、氏の恩師である故青山賢信先生の紹介で初めて会った。わたしの「摂河支配国」論に触発されて建築史を考えている、という自己紹介が、当時あったように記憶する。だが、本書を読むうち、師である青山先生に、佐賀藩を対象とした建築規制を論じた先駆的業績があることを知った。主題は、師子相承されているのであるが、「近世建築を規制なり規制違反判例など言語化された造形行為を丹念に読み解くことで、造形物を単に実測したり復原したりするのみでは読み取ることができない、当時の人々への建築に対する美意識に迫り得る」という一節には、青山氏ら先人の業績を乗り越えようとする著者の強い思いがうかがえる。
 本書は第一部で摂津・河内を、第二部で長州萩藩を扱っているように、二部構成からなる。その違いはかたや、「支配国」という単位で、大坂町奉行所の支配下にあったのに対し、他方は萩藩毛利氏の領国支配下にあったことである。建築を規制する権力側の事情の差異に関心が向けられている。その際立った差異は、本書全体で明らかにするところだが、同じく寺社を対象にしながら、前者では「梁間三間」や向拝が規制違反の対象であるのに対し、後者では「二重垂木の槻門」への関心が強いという差異は、どうして生まれるのだろうか。読むほどに疑問が湧く。
 また第二部が、「諸士御仕置帳」という建築規制違反判例を史料とするのに対し、第一部では古橋組・福井組という在郷大工組織の普請申請書類が分析の中心となることで、権力だけでなく、大工組という社会集団と施主をも含めた相互の関係が詳細に浮かび上がる(とくに第三章)。また第二章に示された申請書類と実際に残る遺構との具体的な対比など、本書に収められた大量のデーターは今後、建築規制のデーターとして大いに貢献するだろう。
 著者は、これまでの建築史には「人の存在が希薄であった」と指摘する。ここでの人とは、個々の大工と施主のことであろう。幕府の寺社建築への規制は寛文八年に初めて出され、一方、寛文以降、大工人数は急激に増加するという。寛文期を境とする動き、大工と施主を突き動かしている要因はなんであろう。
 著者とは二〇〇〇年代に十年余り、出雲鷺浦という海村の調査を一緒におこなった。そこで、漁業で身を立ててきたという古老に「長年の間に儲けたお金は、何に遣ったのですか」と聞いたことがある。答えは「そりゃもちろん、家だよ」であった。著者は、この言葉をどのように聞いたであろうか。

 

  
近世建築法令研究の決定版

東京藝術大学美術学部建築科准教授 光井 渉

 数多くの遺構が残る近世建築は日本建築史研究の中心的なテーマであり、その様々なタイプの建築遺構の意味を、幕藩権力が発令した「法令」から読み取っていく試みは、近年に長足の進歩を遂げている。本書はそうした近年の日本建築史研究の動向を総括した決定版ともいえる存在である。
 新築・改築・修理といった建設行為を分析しようとする場合、その発意に関わった施主や建設行為を担当した工匠などの意志は重要で、これまでの日本建築史研究では、ここに依拠するものが大多数であったといってよい。一方、近世以降の日本社会にあっては、施主や工匠の意志は建築を巡る社会システムに大きく束縛されたことは間違いなく、中でも法令による直接的な規制が建築行為に与えた影響を見過ごすことはできない。
 新築される建築の規模を一定限度内に抑制しようとする「梁間規制」や、都市防火を目的とした屋根材等の指定法令を中心に、法令による建築規制が近世幕藩制下で大きな効力を発揮していた事実はこれまでもよく知られている。そして一九九〇年代以降には、法令と建築形態の大まかな関係について解明した研究や、江戸・京都などで法令が都市防火に果たした意味を明らかにする研究も現れている。
 しかし、自律的な政治運営を行っていた小社会が複雑に錯綜する近世社会にあって、具体的に建築法令がどのように運用され、結果としてどのような状況がもたらされたのか、については謎として残されたままで、本当の意味で建築を社会の中に位置付ける試みはなされていなかったといってよい。
 本書は、近世建築法令が果たした役割を、近世社会システムの中で正確に位置付け、それが具体的に機能していった様相を、畿内や萩藩の具体的事例に則して明らかにしたものである。本書が明らかにした建設行為のプロセスは、残存する建築の形態を理解する上で極めて重要であり、その意味で日本建築史研究に大きく貢献するものである。加えて、本書で示された建設行為の実像は、精緻な社会システムの下で運営されていた近世社会の重要な断面を提示したものといえるのではないだろうか。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。