近世の法令と社会
萩藩の建築規制と武家屋敷
妻木宣嗣・曽我友良・橋本孝成 著


近世城下町の武家屋敷に対する藩の建築規制と各事例への対応というこれまで体系的に論じられることになかった分野に関する新たな研究。


■本書の構成

はじめに

序章 本書に関わる研究史とその課題
  第一節 城下町研究とその問題点
  第二節 建築史における建築規制研究とその問題点
  第三節 萩藩研究とその問題点
  第四節 本書の課題と構成


  第一部 萩城下の武家屋敷建築行政

第一章 一七世紀中期までの武家屋敷行政における指導と実状
 ―─「屋敷方記録書抜」を素材に――
  はじめに 
  第一節 万治四年までの屋敷行政―正保年間―
  第二節 万治四年までの屋敷行政―慶安年間―
  第三節 慶安年間の屋敷行政とその背景
  おわりに


第二章 屋敷方「被仰出条々」制定の経緯とその背景
  はじめに
  第一節 「万治制法」以前の屋敷行政―承応三年の屋敷究―
  第二節 「万治制法」と屋敷方「条々」
  第三節 屋敷方「条々」とそれまでの相違点
  おわりに


第三章 一七世紀後期〜一八世紀前期、武家屋敷に対する申請作事規定を通してみた建築行政
  はじめに
  第一節 享保十年までの状況
  第二節 享保十年「作事願書之大格」とその解釈
  おわりに


第四章 一八世紀中期以降における武家屋敷に対する規制とその解釈
  はじめに
  第一節 享保十年以降の普請申請に関する記載事例
  第二節 「作事願書之大格」によって規定された普請申請のその後の解釈
  おわりに


第五章 武家屋敷における建築規制違反について
  はじめに
  第一節 「諸士御仕置帳」記載の規制違反概要
  第二節 作事申請手続き上の違反
  第三節 「諸士御仕置帳」記載の申請相違作事および不届け作事について
  おわりに


第六章 屋敷行政に関わる史料の特徴
  はじめに
  第一節 「屋敷方記録書抜」
  第二節 「屋敷方作事方御書附」
  第三節 「遠近方控之内写 屋鋪方御書附」
  第四節 「諸士御仕置帳」
  おわりに


  第二部 萩城下における武家屋敷の所有と居住

第七章 武家屋敷の居住・所有に関する指導とその実状
 ―─一七世紀中期(屋敷方「条々」)以降の状況――
  はじめに
  第一節 屋敷方「条々」以降の屋敷行政と実状
  第二節 屋敷建物の賃屋化とその居住環境
  おわりに


第八章 萩城下絵図の年代推定と一八世紀中後期の藩による武家屋敷所有・居住状況の把握
  はじめに
  第一節 絵図年代推定について
  第二節 いわゆる「天明八年絵図」と屋敷行政
  おわりに


第九章 絵図にみる居住地変化とその背景
  はじめに
  第一節 「天明八年絵図」にみる居住地変化
  第二節 居住地変化の背景
  第三節 居住形態
  おわりに


第十章 一七世紀の武家居住地域における街路空間と城下町政策
  はじめに
  第一節 藩の指導からみた藩の想定する街路空間のあり方
  第二節 街路空間に関する指導の理由と背景 ―一七世紀の藩の状況から―
  おわりに


第十一章 一八世紀以降の武家居住地域における街路空間と城下町施策
  はじめに
  第一節 藩による街路空間構成要素に関する指導
  第二節 街路空間構成要素に対する普請申請届け出基準について
  おわりに


終章 まとめと今後の課題
  第一節 成果と今後の課題
  第二節 日本史学の現状と課題
  第三節 歴史的景観と伝建地区・研究

  おわりに/索引/英文要旨





妻木宣嗣(つまき のりつぐ)…………大阪工業大学准教授
曽我友良(そが ともよし)……………貝塚市教育委員会
橋本孝成(はしもと たかなり)………大阪大学非常勤講師



 著者の関連書籍
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 妻木宣嗣著 ことば・ロジック・デザイン

 妻木宣嗣著 地域のなかの建築と人々

 妻木宣嗣著 生態学的建築史試論

 妻木宣嗣著 デザインの諸相―ポンティ・茶室・建築―

 妻木宣嗣著 都市の中のこびりついたデザイン




ISBN978-4-7924-1067-4 C3021  (2017.6) A5判 上製本 386頁 本体9,200円

  
萩の重要伝統的建造物群保存地区選定に挑む

兵庫県立歴史博物館長 藪田 貫

 通勤で利用しているJR西日本の尻馬に乗ったわけではないが、昨年末、萩・津和野を旅する機会があった。萩は世界遺産、津和野は日本遺産に選定され、ともに「歴史を生かした町づくり」の先頭を行く場所である。歳末とて観光客の姿は疎らであったが、受け入れ側は遺産選定の幟を立て、ビジターセンターを設け担当者を配するなど、ひしひしと熱意が伝わってくる。ともに武家屋敷群として重要伝統的建造物群保存地区(「伝建群」と略称)に選定されている萩の堀内、津和野の殿町を歩いたが、鍵曲や門・塀・石垣などの外構えの与える印象に比べ、内部からは空疎な印象しか受けなかった。脇町や富田林のような町場の「伝建群」から受ける凝集した印象には程遠い。とくに大身家臣が居住した堀内地区ではそれがはなはだしく、その分、屋敷内に枝をひろげる夏ミカンが印象深い。折しも萩博物館では夏ミカン展が開催されており、夏ミカンは維新後、武家の士族授産事業として始まり、ミカンの原木は兵庫の中山寺辺りの樹園からもたらされたそうである。

 一八六三年藩庁の山口移転、明治維新後の東京移住と、二度にわたって権力から捨てられ、大城下町の武家屋敷群も時勢に放置されたのである。だとすればそんな旧城下町に、どれほど江戸時代の建築群が保存されているのかは大きな問いになるはずだ。しかし「伝建群」選定には、その問いが抜け落ちている――本書執筆の意図の一つに、こうした認識がある。

 その意味できわめて現代的な問いかけが本書には秘められているが、分析はどこまでも学術的である。「屋敷方記録書抜」「屋敷方作事之御書附」「諸士御仕置帳」「作事願書之大格」などの資料を毛利家文庫から見つけ出し、データー化し、分析するという作業が徹底してなされたからである。著者の一人妻木氏には、さきに寺社建築を素材にした萩藩の研究があるが、武家屋敷には一人では立ち向かえないとして曽我・橋本両氏を招き、「山研」チームとして取り組んだという。

 近年の近世史研究は、「非領国」よりも領国研究が盛んで、わたし自身も転身して、その流れに乗っているが、それにしても武家屋敷行政に関して、これだけの資料群が作成されていたのは驚きである。藩政アーカイブとして見たときの萩藩の特色であろう。都市史や建築史や地図史として読まれるのは当然であるが、わたしは〈藩〉という社会を念頭におきながら、また自分の旅した城下町跡を思い出しながら、本書を読んでみたいと思う。

  
本書の刊行に寄せて
山口県文書館専門研究員 山ア一郎
 著者である妻木宣嗣、曽我友良、橋本孝成のお三方は、関西在住という距離的なハンディを厭わず、長期にわたり繰り返し山口県文書館へ来館され、毛利家文庫の史料調査を続けられた。時間をやりくりし、「手弁当で」遠方より何度も来館され調査に取り組む姿勢には、同じ研究者として頭が下がった。萩藩庁文書を中核とする毛利家文庫は、萩藩の歴史を繙く上で最も重要な記録史料群である。しかし、膨大な量と多様な史料構成をもち、その利用には史料を生み出した藩組織への深い理解も必要となる。毛利家文庫を用い本格的に研究を進めていくことは決して容易なことではない。お三方には、毛利家文庫に真摯に向き合い、残された関係史料は一点たりとも見逃したくないという研究者の情熱を感じた。その成果がこうして一冊にまとめられた。

 毛利家文庫の存在もあり、萩藩に関する研究はさまざまな角度から進められているが、本書は萩藩の屋敷行政、城下萩の武家屋敷に対する藩の建築規制と各事例への対応という、これまで体系的に論じられることになかった分野に関する新たな研究である。理論に先走ることなく、丹念な史料収集に基づき、「実際に何があったのか」という点が詳細かつ具体的に検証されている点に大きな意義がある。藩の建築関係法令を網羅し読み込むことに止まらず、裁判関係記録である「御仕置帳」など多様な史料を用い、武家屋敷に対する藩の建築行政のあり方とその時代的な変遷、武家屋敷の売買と所有の実態、武家屋敷作事に対する藩、施主の意識の違いなど多くの論点に立ち入り検討を加えている。萩城下町絵図に関する史料学的な研究も含まれる。また、近世萩の武家居住地域の景観、空間構成について検討し、その再現を文献史料の分析から試みている点も特筆される。藩が垣・壁を街路空間要素として重視しその修繕・整備を一貫して強く求めていたこと、街路空間に対する藩の価値判断が「見苦敷無之様」(見苦しくないこと)という意識にあったという指摘は重要であり、大きな「発見」といえるだろう。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。