古代日本語と現実の諸様態
栗田 岳著


丹念な解釈と精選された用例に基づく、貴重な古代日本語文法研究。




■本書の構成

序 説 モコソ・モゾと基本形終止

  第 一 部

第一章 ムと「連体形(+ヨの)終止」

第二章 「才さかし出ではべらむよ」

第三章 三代集の「つつ留」について

第四章 連体修飾のム

  第 二 部

第一章 マシの反事実と非事実

第二章 マシと構文的環境

第三章 上代のセ・シ・シカ

第四章 上代特殊語法攷

第五章 助詞ハの諸相


終 章 続紀宣命のケリと来




  ◎栗田 岳
(くりた がく)……博士(学術)東京大学大学院総合文化研究科 現在、國立政治大學(台湾)専任約聘助理教授




ISBN978-4-7924-1097-1 C3081 (2019.1) A5判 上製本 285頁 本体8,000円

  
希少にして貴重

東京大学名誉教授 野村剛史  

 本書は、書名に『古代日本語と現実の諸様態』とある。それは「古代日本語を対象に、文に言語化された事態と現実世界がどのような関係にあるのか」の謂いであるが、より委しく見ると、特に「文事態が現実世界と関わる三つのあり方―事実・非事実・反事実」の関係に著者の関心が向けられている。「文事態が現実世界と関わる三つのあり方―事実・非事実・反事実」とは、文法カテゴリーとしては広義のモダリティに属する事柄である。具体的には、古代語の助動詞的言語層に現れるム・ラム・ケム・マシなどを持つ(また、対照して持たない)述語・文が主として考察の対象となる。その際の本書の特色であるが、徹底して個々の事例の解釈に努めている。序説のモコソ・モゾ(基本形終止)、第一部のム、ラム、ケム、第二部のマシ、セ・シ・シカ、また特殊語法と呼ばれるズハなど本書に現れる精選された例文は、すべて念入りな解釈に基づく著者の検証にさらされているのである。

 思えばかつての日本語の文法論は、この種の方向に進んでいくことが多かった。例えば、いわゆる終止ナリと連体ナリの区別、過去系統のケリとキ、ツ・ヌやリ・タリなどの区別と連関などからは、多くの勝れた考察がもたらされた。近年そうした研究を見かけることが少なくなっているようだ。現代語が多く研究対象に選ばれ、それは一種の共時態中心主義の結果であるかも知れないが、しばしば研究が軽く薄いものになりがちになった。例えば、ダロウのような形式を中心にモダリティの考察が行われる。ダロウというのはモダリティ形式としては、世界言語的にも日本語史的にも極めて特殊なものであるから、それをただ現代語というだけで研究対象の中心においていたら、考察があらぬ方向に進んでいってしまう。もっともこれは、ダロウ研究の結果からの知見とも言える。本書のム・ラム・ケムなど、つまりはモダリティ形式についての見解は、現代日本語の共時態中心主義からはなかなか想像の及ばないところがある。必ずしもそれが全面的に正しいと言うのではない。本書の著者は否定的であるかも知れないが、例えばムについては本文中にもあるように、「婉曲、仮定」のような意味・用法の説明が存在した(現在も存在している)。それだって始めは用例の考察からおずおずと提出されたはずで、思いつくのは大変だったろうと思う。本書はそんな解釈学的な研究伝統を引き継いでいるのである。今日、希少種として貴重である。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。