明君の時代
十八世紀中期~十九世紀の藩主と藩政
浪川健治編


「暗君」に対する「賢明な君主」を意味する「明君」。そのひとり、弘前藩八代藩主津軽信明に様々な角度から光を照射して、「明君」を今に手繰り寄せる。



■本書の構成


  はじめに 
―「名君」と「明君」のあいだ― ………… 浪川健治

Ⅰ 津軽信明とその周辺

  信明の模索 
―襲封、そして権力と権威― ………… 浪川健治
  天明四年における津軽信明の政務 
―「直捌」の実態に注目して― ………… 清水翔太郎
  弘前藩主津軽信明と「家」構成員 
―「在国日記」から「津軽孝公行実」「無超記」へ― ………… 根本みなみ
  国許における藩主の気晴らしと家臣との交流 
―弘前藩主津軽信明の「在国日記」の分析から― ………… 山下須美礼
  弘前藩の寛政林政改革と津軽信明 ………… 萱場真仁

Ⅱ 「明君」の群像

  江戸における大名家の交際と書物・知識受容 
―松浦静山と蓮乗院を中心に― ………… 吉村雅美
  松平定信明君像と「安民」=勤王論の系譜 ………… 小関悠一郎
  藩主と蘭学 
―田原藩主三宅康直と家老渡辺崋山を中心に― ………… 矢森小映子



  ◎浪川健治
(なみかわ けんじ)……1953年、東京都生まれ 筑波大学名誉教授




ISBN978-4-7924-1101-5 C3021 (2019.3) A5判 上製本 340頁 本体8,800円

  
一級の史料を読み解き「明君」を今に手繰り寄せる

小島康敬  

 本書は『青森県史』近世編編集の責を長らく負われてきた浪川健治氏のもと、斯界の第一線で活躍されている中堅・新進気鋭の研究者たちによる刺激的な論考集である。題して、『「明君」の時代』。

 そう、「名君」ではなく、「明君」なのだ。編者によれば、前者はその治績において後世から太祖や中興の主として仰がれる「名高い君主」を意味し、後者は必ずしも政治支配という枠にとどまらないで、知的・文化的な広がりの中での「暗君」に対する「賢明な君主」を意味する、という。十八世紀後半から十九世紀にかけては、そういった「明君」が歴史の表舞台に少なからず登場し、その言行録が編まれ続けることとなる。「明君の時代」の到来である。本書では、その時代を象徴する「明君」のひとりとして、弘前藩八代藩主津軽信明に様々な角度から光が照射され、実に興味深い信明像が追究されている。

 津軽信明にはその言行録として「津軽孝公行実」「無超記」がある(『青森県史』資料編 近世・学芸関係に収録)。そして何よりも貴重な史料として彼自身の手になる「江戸在住日記」「在国日記」がある。更には弘前藩には公式日記である膨大な「国日記」等が残されている。執筆陣はこれら一級の史料群を突き合わせながら歴史的文脈を丹念に読み解き、信明の等身大の実像に迫る。その上で更に彼が「明君」として形象化偶像化されてゆく後を追う。

 やはり、信明は凡庸な殿様ではなかった。彼の実直な政務ぶりが髣髴としてくる。「御自筆書付」による意思伝達、人材登用と人事の刷新、意見書の奨励、「在宅」制の採用、領内山林行政への積極的取り組み等々、領国の危機に真正面に向きあって藩政を主導し、後世に「明君」として偶像化されるに足る資質を有していた。
    
 「江戸在住日記」「在国日記」からは信明の「表」での公的活動だけではなく、「奥」での私的な姿も垣間見ることができる。信明が大名家の当主として祖先祭祀をどのように調整し執行していたのか、国許での暮らしにおいて何を気晴らしとしたのか、彼を取り巻く親族関係(父信寧の正室、自分の正室、生母、妹)にどのような配慮を払っていたのか、家臣や近習医師との交流はどうであったのか等々。「いたつらに化物をこしらへ、奥江持参、人々ををどす也」(「江戸在住日記」)などという信明の茶目っ気ぶりには、思わず笑みがこぼれる。信明がグッと身近な人に感じられるではないか。

 本書は「明君」信明をメインの考察対象とするが、それに限られているわけではない。信明との関係の浅からぬ「明君」、松平定信や細川重賢が取り上げられ、弘前藩を越えた広がりの中で信明を捉えんとする工夫が施されている。更には「明君」の聞こえ高く知の蒐集家ともいうべき平戸藩主松浦静山の事績や田原藩に持参金目当てで養子として迎えられた見栄っ張りで「我まま」な藩主三宅康直と彼を「明君」に育てるべく臆することなく諌言する廉直の家老渡辺崋山との確執が究明されており、興味は尽きない。

 歴史とは今を写し出す鏡である。一級の史料を読み解き「明君」を今に手繰り寄せることを試みた本書を推薦する次第である。 
 (国際基督教大学特任教授)  
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。