説話論集 第十七集
−説話と旅−
説話と説話文学の会編


●刊行のことば
 実に多彩な十六篇の論文が集まった。「説話と旅」というテーマで、旅の説話、説話の旅、如何様にも御解釈下さいとお願いしたのが、功を奏したようである。
 時代は中古『源氏物語』から現代の久生十蘭にわたる。旅する人々を取り上げるものから、旅人の見聞を扱うもの、旅人の行き交う地点から論ずるもの、旅の描写そのものを問題とするもの、異本や作品享受の問題―発生から展開を扱う、あるいは逆に後の形態から原風景を望むもの― 、語義変遷の旅程の一こまを見つめるもの等々、「旅」ということばが、国文学研究者にどのようなイメージを喚起するのかの見本市のようになった。
しかも長旅が多いのである(依頼枚数を突破した論、多数)。執筆者たちがどれほど熱をこめたかがわかろうというものである。時代とジャンルが狭く固まってしまわぬことを願っての企画であったが、企画した者の予想を超えて、執筆をお願いした方々は自由に「旅」をとらえて下さった。
 論文の配列は時代順を基本としたが、長い「時間の旅」を扱う論も多く、ジャンルも固定的に捉えられないため、効果的な配列ができたかどうか心許ない。
 まず、物語や和歌に関わる四篇を最初に配した。『源氏物語』若紫巻から『夜の寝覚』、『無名草子』、阿仏尼が取り上げられる。人の旅のみならず、作品の旅・ことばの旅の一場面がある。次に泰澄・良弁・後鳥羽院・鴨長明など比較的一人の人物に絞った四篇が続くが、これらの論は長期にわたる変容を問題とする傾向が強く、また唯一「流刑」を問題とする論がある。そして中世の軍記に関わる四篇は「義経奥州落ち」や『曾我物語』、「落ちる武人」、あるいは巡礼の要素を持つ熊野詣と軍記の関わりなどがテーマとなっている。最後に通史的な傾向をもつものから近現代に至る四篇を配した。神崎川に視点を定めて論ずるもの、平家蟹の見聞に焦点をあてての論、旅日記から旅人のみたものを探るもの、そして漂流小説へと時代も現代へと向かう。
 以上の四部に構成したが、それぞれのグループ内部が先述したように多岐にわたる方向性を示している。一篇一篇の論考が、それぞれに充実して重厚であること、それが四篇ずつの小世界を形成した時の奥行き、そして十六篇全体が『説話論集』という一つの作品となった時に奏でられる複雑な響きの味わいと、二重三重のおもしろさを堪能していただけるなら望外の喜びである。
説話と説話文学の会 池田敬子 出雲路修 田村憲治 芳賀紀雄 森眞理子 山本登朗



●本書の構成
〈北山のなにがし寺〉再読―『源氏物語』若紫巻の旅―……荒木 浩
『夜の寝覚』末尾欠巻部の推定―寝覚上の旅の終焉―……小島明子
『無名草子』の「いみじ」……安達敬子
阿仏尼の旅の変容―『十六夜日記』から『阿仏東下り』へ―……田渕句美子

『発心集』の旅路―説話配列解釈の試み―………池田敬子
泰澄伝承と北陸道―東国文学史稿(九)―……浅見和彦
帰らぬ旅人――隠岐院……武久 堅
『執金剛神縁起』―良弁僧正の物語―……柴田芳成

動乱の時代と熊野詣―軍記物語の構想との連関―……源 健一郎
義経奥州落の旅を描いた絵巻……本井牧子
『曽我物語』の「旅」……村上美登志
落ちる武人たち―『平家物語』『太平記』ならびに戦国軍記―……笹川祥生

地域と旅の説話―摂津国神崎川の場合―……鶴崎裕雄
平家蟹と壇ノ浦―旅人たちの見聞をめぐって―……鈴木 彰
旅人の発見 堀秀成の「秋田日記」―旅人たちの見聞をめぐって―……錦  仁
漂流、無人島、楽園幻想―久生十蘭論\―……須田千里



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ISBN978-4-7924-1359-0 C3091 (2008.5) A5 判 上製本 596頁 本体9600円