中世文法史論考
山田 潔著


本書の構成

動詞の活用と解釈
  サ変動詞未然形「さ」の成立過程  「送り迎ひ」と「送り迎へ」  動詞の解釈三題

補助動詞の史的考察
  鎌倉期における丁重語「給ふる」  『御伽草子』の受益表現  抄物における「候」の用法

形容詞・副詞の考察
  『玉塵抄』の情意形容詞  形容詞の解釈二題  『玉塵抄』の副詞語彙

推量系助動詞の考察
  助動詞「らむ」の詠嘆用法  抄物における反実仮想表現  『玉塵抄』における助動詞「さうな」の用法

接続表現と助詞
  確定条件表現と解釈  抄物における「も」の反戻用法  反戻の助詞「も」とその派生用法

『長崎版日葡辞書』の語法
  『日葡辞書』の述定・装定表現―Ser と Estar―  『日葡辞書』における「た」の用法

  本書と既発表論文との関係/あとがき/索引



 著者の関連書籍
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ISBN978-4-7924-1403-0 C3081 (2008.1) A5 判 上製本 334頁 本体9000円
山田 潔著『中世文法史論考』を薦める
東洋大学文学部教授 坂詰力治
 この度、山田潔氏の積年の研究論文が『中世文法史論考』という書名で清文堂から刊行されることとなった。近時、電子媒体による研究が降盛し、現代語中心の研究が多く行われている。そのような状況の下、日本語史研究の実証性を遺憾なく発揮し、手堅い手法にもとづく論考が一書にまとめられたことは中世の日本語研究に携わるものばかりでなく、学界にとっても極めて喜ばしいことである。本書の刊行が契機となって、実証性をもっとも重要視する文献資料にもとづく日本語史研究が若い学徒を中心に一層盛行することを期待する。
 山田氏は数ある抄物の中でも、質・量ともに第一級の日本語史資料としての資料的価値を有する「玉塵抄」との出会いを契機に、抄物研究さらには広く室町時代語研究に取り組んで来られた方である。その研究成果は既に前著『玉塵抄の語法』で遺憾なく発揮されている。先学者によって指摘された音韻・語彙・語法など、室町時代語的特徴を表す言語事象を、独自の眼で「玉塵抄」を中心に捉えて考察されたのである。その成果は従来の研究を凌ぐものとして高い評価を得ていることは周知のところである。
 『中世文法史論考』は前著に収めることのできなかったもの、あるいは前著刊行以降に発表された論文の中心的テーマにある文法事象から考察した諸論考を一書にまとめたものである。その内容は語彙・語法の領域、さらには作品の本文の解釈などにひろくまたがるものであり、本書に収められた論考の中心は各種抄物資料、御伽草子、日葡辞書など、室町時代の代表的資料を駆使して計量的観点と意味・用法を調査・検討した結果にもとづくものである。
いずれの論考も山田氏が長年の研究の途上で培った、一点一点の資料に対峙する厳格な態度と一語たりとも忽せにせずに原文に向き合う姿勢から生み出されたものであって、十分な説得力を持ったものとなっている。とりわけ、抄物を主資料とした用例の検討から、助詞「も」には、文脈上、「であっても」という反戻の意味が認められることを指摘し、その根拠を「いかな(る)」を含む文から構文論的に明らかにした反戻の助詞「も」の用法を考察した論考は、従来認識されてきた助詞「も」の用法に新たな用法の一面を加えた注目されるものである。
 サ変動詞未然形「さ」の成立過程を形態変化から考察した論考をはじめとして、本書に収載された諸論考はいずれも室町時代の諸文献にもとづく、緻密な手堅い論によって展開されており、言語研究における文献資料をいかに有効に活用するかということをも示唆する内容となっている。本書を言語変化としての歴史を文献資料にもとづいて実証的に考察しようとする人ばかりでなく、日本語に関心のある多くの人々に薦めたい。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。