王朝物語のしぐさとことば
糸井通浩・神尾暢子編


本書の構成

序章 不可能の自覚―語りと副詞「え」の用法……糸井通浩

語(トピック)の章   執筆26名

憧る/欺く/足摺り(あしずりす)/汗/主す/抱く/後見す(みる)/失す/訴ふ(訴訟も含む)/占ふ/行ふ(どきやうす)/香/垣間見/格子参る(ものまゐる)/冠/嗅ぐ/かたどる/徒歩/被く/かなぐる/口疾し/気色ばむ/籠もる(かくる)/殺す/梳く(かざす、かきやる、髪)/袖振る(なく)/立つ・居る/憑く/爪弾き(つまはじきす)/手/眺む/中宿り/名のる/匂ふ/寝(ふす、かたしく、枕)/妬む(すねる・嫉妬)/罵る/呪ふ/走る/祓ふ/樋洗し/変化/紛る/祀る/惑ふ(まよふ)/まなぶ(まねぶ)/参る・罷る/結び/召す/裳着す/物忌(かたたがへ)/物越し/窶す/縁(にる、人形)/笑ふ/男す

範疇語彙(カテゴリー)の章   執筆15名

「商い」の言葉/「老い」の言葉/「病い」の言葉/「死」の言葉/「性愛」の言葉/「物語」の言葉/「政治」の言葉/「汚穢」の言葉/「衣服」の言葉/「飲食」の言葉/「住まい」の言葉/「遊び」の言葉/「音楽」の言葉/「儀礼」の言葉/「容姿」の言葉

結章 王朝の感覚語彙―共通感覚と個別感覚……神尾暢子



 編者の関連書籍
 糸井通浩著 日本語論の構築

 曽田文雄・糸井通浩編 私家集総索引




ISBN978-4-7924-1407-8 C1091 (2008.4) A5判 並製本 254頁 本体2500円

  物語世界の豊かなる甦りのために
跡見学園女子大学教授 神野藤昭夫

 かつて、若い私たちは、王朝の物語の全容を大きくどう捉えるか、どう読むか、というせっかちな関心を持っていた。やがて、それは物語はどう表現されているか、ちょっと落ち着いて眺めてみようということになり、そこからさらに進んで、語りのしくみやからくりの解明へと、やや自閉的、自己完結的な傾向へと研究を進めてきた感がある。

 しかし、こうやってみると、物語の世界に、いまいちど息吹をふきかけ、王朝の時代の物語がもっていた表現の機微や豊かさをさながらに甦らせ、とっぷりとその世界に浸る贅沢が必要な時代がやってきたことを深く自覚する。

 語られる登場人物たちのしぐさやことばの一つひとつの、微妙にして、大いなる意味や感覚の違い。それは、「しぐさ」をめぐる比較文化的な関心や歴史のなかで推移する相違など、「しぐさ」の事典とでもいうべき世界へと拡がるものである。また一方、物語では、それがどのような機能や意味性を担っているか、呼吸する物語テキスト内部への誘いへと繋がっている。

 このようにみると〈王朝物語のしぐさとことば〉は、私たちが、物語世界がもつ身体性をとりもどし、その世界を豊かに生き直し、捉え直すための、きわめて斬新な、開かれた視角であることがわかってくる。

 編者、糸井通浩・神尾暢子両先生は、長年にわたって、日本語学と文学研究とを架橋するところに、多くの業績をあげて来られた。『王朝物語のしぐさとことば』は、両先生の編にいかにもふさわしい企画である。そればかりではない。関心を共有する研究者たちが互いに連携して、新たな研究の沃野を切り開いた最初の成果であると同時に、次代を切り開く、未来に繋がる書であるともいえよう。



  異彩を放つ「しぐさ」語への凝視
大阪成蹊短期大学教授 久保田孝夫

 王朝文学のことばを扱ったものの中で、身体の「しぐさ」語彙にこれほどまでにこだわり抜いたものはなかった。これまでにあった王朝文学語彙の本は、ややもするとより広くということを意識するあまり、総花的になってしまっていたことは否めない。本書はそうなることを禁欲的に回避し、「しぐさ」に視点を定めることによって、体系的な言語世界の広がりを感じさせてくれるのである。また、国語学的あるいは語彙的な範疇にとどまらず、より文学的な物言いを醸しているのも本書を特徴付けるもう一つの要素である。

 「語(トピック)」では、これまであまり取り上げられることのなかった「格子参る」や「樋洗し」を取り込み、他に「嗅ぐ」「垣間見」「梳く」「袖振る」「匂ふ」「妬む」「祀る」「まなぶ(まねぶ)」「物忌(かたたがへ)」などを含んだ五十八項目のことばが厳選されて、それぞれのことばの持つ言語空間を「しぐさ」の世界として展開している。いっぽう「範疇語彙(カテゴリー)」においては、「商い」「老い」「病い」「死」「政治」「汚穢」など十五項目にわたって、それにかかわる用例を挙げながら多角的な論の構築がおこなわれている。えてして紋切り型に陥りやすいが、各項目ごとにかなりの紙幅を用意したことによって体系的・論理的な展開を可能にし、みごとにそれを克服しているといってよい。

 「語(トピック)」・「範疇語彙(カテゴリー)」ともに、それにかかわる必須論文が注記されているのは、読む側にとっては大変ありがたいことである。

 「しぐさ」にまつわる表現語彙の世界から、物語世界を透かし見ることのできる一冊である。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。