室町時代のことばと資料
来田 隆著


室町時代語に関する論文四点と、資料篇として洞門抄物『巨海代抄』の自立語索引とからなる。



■本書の構成


T 室町時代のことば
 一 アカイとアカルイ 
―洞門抄物語彙小考―
 二 カンガミル(鑑)の成立について
 三 セイ(背)の成立について
 四 『エソポのハブラス』の〈ニ〉と〈ヘ〉について 
―『天草版平家物語』との比較―


U 『巨海代抄』自立語索引稿


  ◎来田 隆(きた たかし)……1942年香川県生まれ 広島大学大学院文学研究科博士課程中途退学 2013年龍谷大学文学部任期満了退職



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ISBN978-4-7924-1429-0 C3081 (2013.12) A5判 上製本 265頁 本体7,000円
来田隆氏『室町時代のことばと資料』の刊行を慶ぶ
京都教育大学名誉教授 大塚光信
 このたび、来田隆氏の新著『室町時代のことばと資料』が、いよいよ刊行の運びとなった。本書には、慈味掬すべき論考と、斯学の発展に多大の寄与をなすと思われる資料性のものとが併載されている。この書の刊行は、来田氏だけでなく、学界にとっても慶ぶべきことである。
 さて、本書の内容はTとUから成る。Tは「室町時代のことば」として、一 アカイとアカルイ
―洞門抄物語彙小考―、二 カンガミル(鑑)の成立について、三 セイ(背)の成立について、四 『エソポのハブラス』の〈ニ〉と〈ヘ〉について―『天草版平家物語』との比較― の四篇の論考を収める。そして各項は、幾つかの小節に分けて標題を付し、内容・目的などを記しているため、理解が容易となる。以下、一 アカイとアカルイ を取り上げて簡単に紹介する。
 まず、1 はじめに では、「空が明るくなった。」の意のアカルイが東国方言であったという主旨を明示している。次に、2以下ではその論証過程を開陳する。そして、「5 むすび」ではそれまでの記述をわかりやすく提示している。来田氏の論考は周到にして簡明であり、それは他の論考すべてに見られるものである。
 さて、一 アカイとアカルイ で、ほぼ同時代の異なる文献間にほぼ同意の二語が使い分けてあるのは、方処的な相違に起因すると述べておられる。では、同一文献内にほぼ同意の二語が共存する場合はどうか。これに関連すると思われるのが、四 『エソポのハブラス』の〈ニ〉と〈ヘ〉について である。『エソポ』の成立基盤が九州でもあることから、「京ヘ筑紫ニ坂東サ」を背景に〈ヘ〉が京都語、〈ニ〉が九州方言とする考えがある。しかし、一方〈ヘ〉と〈ニ〉との違いは〈ヘ〉が口語的であるのに対し〈ニ〉がより文語的であるという見方もある。これについて、来田氏は『ヘイケ物語』を援用し、具体的な例を挙げながらその両者のいずれにも与せず、共通する用法の用例数の偏りにすぎないとされる。既説の一々にとらわれることなく、根本的に考察するのも氏の学問的姿勢である。
 語詞研究に不可欠な索引は、機械に精通しておれば簡単に作成できると思う向きもある。しかし、入力するまでが大変で、まず対象に何を選ぶかによってその人の学識の深浅さが問われる。続いて、どこまでを一語と認めるかという語の句切りが問題となる。さらに、句切られた一語が和語か漢語か、漢語なら呉音か漢音か慣用音かを決定する必要がある。それには、同時代の言語全体を対象とする文献自体への深い知識が求められる。来田氏は、京都系抄物の索引を幾種も作ってこられた。その経験を基に、洞門抄物の中で重要な位置を占める『巨海代抄』の索引を完成され、抄物の語詞研究に新たな出発点を提供されたのである。
 本書は、従来の諸研究を検討したうえでの新見を披瀝したものと、洞門抄物を対象とした索引とを併載している。研究者にとって必見・必備の書である。「龍谷叢書」として出版助成が与えられたのも宜なる哉。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。