日本説話索引 全七巻
説話と説話文学の会 編
  刊行にあたって
 『日本説話索引』が、ようやく刊行されることになった。手元の記録によれば、出版準備が始まったのは昭和五十五年(一九八〇)。それから実に四十年が経過している。

 当初四年後に予定されていた刊行がここまで延引したのは、採録と編集を依頼されたメンバーが、いささか過剰なほど大きな意欲を持ち、対象作品を最大限まで増やしたことによるところが大きい。採録対象の作品は、おおよそ室町時代を下限とする総計百六十七点。原則として翻刻されたものを対象にしたが、注釈のないものも多く、計画するのは簡単だったが、実際に取り組んでみると予想を超えて厖大な時間が必要だったのである。

 多くの人々にさまざまな形で助けられながら、採録は粘り強く続けられた。専用のカードに要旨などを手書きで書き入れるという、現在からは考えられない素朴な方法で集められた原稿カードは、五十音順に整理され、専用のケースに入れられて保存、整理されながら少しずつその数を増やし、最終的には専用ケース百七十箱にまで至った。

 その後、若い世代にも新しくメンバーに加わってもらい、採録もパソコンを使って行われるようになり、集積した原稿もデータ化されて、ようやく採録は最終段階に近づいていった。最終的に採録されたカード数(説話要旨の総計)は、四十万項を越えている。 データの量が厖大で、また作業が長期間に及んだため、方針変更の徹底や全体にわたる点検などは、力を尽くしたにもかかわらず、完璧に行うことが困難であった。さまざまな問題点がなお残されていることも予想されるが、どうかご容赦の上、今後の改訂のために情報をお寄せいただきたい。

 この『日本説話索引』は、「説話」の概念を広く捉え、さまざまな性格の「説話」をできるだけ多く採録したところに特徴を有する。また、単にその語の所在を示す索引ではなく、その「説話」の要旨を掲載して、「読める索引」を目指している。長い時間をかけてようやく完成した本書が、多くの人々に利用され、さまざまな形でお役に立つことを、編者一同、心より願うものである。

 最後に、これまでご助力いただいた多くの皆様に、そして、四十年間この企画を見捨てることなく、常に我々を支え続けてくださった清文堂出版前田博雄氏に、心より御礼申し上げたい。とりわけ、同社の担当として長らくご尽力いただきながら刊行を見ることなく他界された故前田保雄氏に心からの謝意を表するとともに、すでに世を去った編集委員・故田村憲治氏および故芳賀紀雄氏にも今回の刊行を報告して、ご冥福をお祈りするものである。

 二〇二〇年四月

  説話と説話文学の会
   池田敬子 出雲路修 田村憲治 芳賀紀雄 森眞理子 山本登朗 朝比奈英夫 柴田芳成 白井伊津子 中嶌容子 橋本正俊 森田貴之


 


第一巻 
あ〜か


  
さらに詳しい内容はこちらから(PDFファイル 17.5 MB)


ISBN978-4-7924-1459-7 C3592 (2020.5) B5判 上製本 1119頁 本体22,000円
  時空をあおぐ、伝承の海
国際日本文化研究センター 教授 荒木 浩   
 この索引には「愛」があり、目覚めて悟る「朝」もある。

 譬喩ではない。第一巻を繰れば、すぐに出会う項目だ。巨大な説話インデックスを彩る、実り豊かな枝葉である。

 骨格は、歴史ある大木で『日本説話文学索引』という。一九四三年に、日本出版社から刊行された。昭和の初めに、国文学者石山徹郎と風巻景次郎の指導のもと、大阪府女子専門学校の学生六人が、日本説話文学研究の一環として作成した、大量のカードが発端という。戦後の一九六四年に清文堂が復刊し、十年後の一九七四年、増補改訂版が世に出る。今でも私が愛用する縮刷版は、その二年後、一九七六年の出版である。

 そのころから説話研究は、空前の活況を呈するようになる。研究の方法や資料の発掘も飛躍的に進展した。国語学者の大塚光信氏より『日本説話文学索引』の根本的大改訂が提案され、「説話と説話文学の会」が作業を開始するのは、一九八〇年のことだ。

 説話索引改訂の経緯と進捗については、かねてより関心があった。阪神淡路大震災後の一九九七年、国文学研究資料館研究情報部の助教授を併任した私は、「説話データベース化に関する研究開発会議」という共同研究を組織し、メンバーの一人に田村憲治氏を招いた。田村氏によれば、すでにカードは三〇万枚に及び、構想の九割方は達成した、という。当時、京都の光華女子大学にお勤めだった山本登朗氏の眺めのよい研究室を訪問し、カードの実物を拝見したことも、今では懐かしい想い出である。

 同年十二月、共同研究の成果報告を行い、翌一九九八年十月に『第3回 シンポジウム コンピュータ国文学 講演集』(国文学研究資料館)所収の一篇として活字化した。

 あれからもう、二〇年以上の時が経つ。

 そして昨年、二〇一九年六月下旬のこと。早稲田大学で開催されたシンポジウムの懇親会で山本氏と同席し、ついに完成版が出るよ、と聞いた。文字通り、驚喜の僥倖である。

 時代を跨ぎ、書名から「文学」の縛りもとれた。説話の海は、より大きなコンテクストへと解放されて、ようやく全貌が姿を現す。紙面の随所に、めくるめく説話要素がちりばめられ、膨大な典拠文献への指示を付して、知の編み目へと連鎖を誘う。

 これは、通読してみるしかない。かつての学者たちが、群書類従の読破に挑んで、学問の根幹を築いたように。そして、無限の発想の源として。

 
  研究が変わる、教室が変わる―  『日本説話索引』の拓く新時代―
青山学院大学文学部日本文学科教授 佐伯真一   
 待ちに待った『日本説話索引』がついに刊行される。こんなに待望した書物はない。私は学生時代からずっと『日本説話文学索引』(以下「旧索引」)のお世話になってきた。自分で持っているのは増補改訂版の縮刷版だが、あの小さな本はどんなに大きな事典よりも役に立った。類話探しは説話研究の基本中の基本である。文字列の検索はパソコンで容易にできるようになったが、固有名詞でも固定的な文字列でもない、たとえば「占い」「嫉妬」などというテーマに関わる説話を探そうとすれば、まずはこの旧索引に頼るしかない。また、現在の大学に勤めるようになってからは、日本文学科の一年生に、旧索引を引いて類話を調べるという課題を毎年のように課してきた。これは学生たちにとっても興味深いようで、四年生になってから「一年生の時にやった、あの調査が面白かったので、その延長で卒論を書きたい」という学生がしばしば現れる。

 だが、旧索引は一九四三年初版。今となっては採録作品の底本が古いのはしかたない。また、採録作品は説話集が中心で、それ以外は少なかった。ところが、この新しい『日本説話索引』は、採録作品数を単純に数えても旧索引の約四倍、『太平記』も『北野天神縁起』も『古今序聞書三流抄』も『和漢朗詠集永済注』も『冷泉家流伊勢物語抄』も『法華経直談抄』も文明本『節用集』も『藻塩草』も入っている。底本も一新され、現在最も使いやすく信頼できるテキストが選ばれている。そして何より驚嘆するのは見出し語の豊富さである。第一巻の冒頭を見ると、「ア」のつく項目は、「阿(地名)」「唖」「阿」「嗚呼」「阿夷」「藍」「愛」「あいうつつない」「相生」…と続く。「秋鹿(アイカ)郡」から始まっていた旧索引とは次元が違うと言わざるを得ない。

 単に説話の所在を示す索引ではなく、一つ一つの項目がそれぞれの説話の要点を的確に示してくれるので、索引を読んでいるだけで「こんな話もあるのか」「こういう話が多いのか」と、日本文化のさまざまな断面が見えてくる。そうした経験を、誰でも、いとも簡単にできるようになったわけである。全七冊に及ぶ、この巨大な索引が、これから文学や文化史・宗教史・思想史など人文科学諸分野の研究を、そして学生たちの学び方を大きく変えてゆくことは疑いない。私も新時代の尻尾ぐらいにはついてゆきたいものである。

 
  ファンタジーの源へ
小説家 松村栄子   
 美容院へ行くと、担当の若いひとがやたら気を使って話しかけてくれます。先日、休みには何をしていたか聞かれたのでお能を見ていたと答えたところ、一瞬手を止めて、それは難しそうですねと困ったように笑いました。

 たしかに最初は取っつきにくいかもしれないけれど、お能の筋は決して難しいものではありません。最近見た『羽衣』などは、誰でも知っている〈天
(あま)の羽衣(はごろも)のお話です。けれど、そう言うわたしを若い美容師さんはきょとんと見つめるばかり。いや、だから三保の松原で天女が水浴びしていたら……。

 結局、お能についてではなく〈天の羽衣〉から語らねばならなくなり、ほんとうにびっくりしました。今の若いひとにとって羽衣伝説は知っていて当たり前のお話ではないようです。

 なるほど現代にはドラえもんやらプリキュアやら新しいお話やキャラクターが溢れています。昔話などなくてもこと足りるのかもしれません。しかし、そうした新しい物語を生み出すひとびとの想像/創造の元になるのは、記憶の深いところにしまわれている古い物語群だという気がします。羽衣伝説から着想されたアニメやコミック作品はいくつもあるのです。

 お能の『羽衣』を書いたのは誰なのか今のところわかっていませんが、作者がどのような伝承(説話)を元に創作したのかは、この『日本説話索引』を引くとよくわかります。各地にさまざまな羽衣伝説があったこと、羽衣を失った天女が見る見る衰えてゆく〈天人五衰
(てんにんごすい)〉の様、極楽に啼く〈迦陵頻伽(かりょうびんが)〉という鳥、衣を取り返した天女が欣喜して舞う〈霓裳羽衣(げいしょううい)の曲〉。また、彼女ら〈白衣黒衣(びゃくえこくえ)の天人(てんにん)〉によってもたらされる月の満ち欠けの秘密、などなど。そうしたモチーフの出所を本書は指し示してくれるのです。

 さらにこの天女と漁師がそのまま織女
(しょくじょ)と牽牛(けんぎゅう)に置き換えられた伝承もあり、七夕(たなばた)伝説とも関連していることは初めて知りました。日本人の持つファンタジックなイメージの重層性に引き込まれ、索引なのについ読みふけってしまいます。

 為政者がまとめた史書や地誌、個人の日記や物語集といった古典籍には、こうした古い説話が豊富に詰まっています。それは時を超えて受け継がれる日本人の精神的な宝に違いありません。親から子へ孫へと語り継がれる経路が断たれつつある今、本書はファンタジーの源を探る者にとって、まさに〈宝の地図〉と言えるでしょう。


 
  近世日本文学研究の基盤となる『日本説話索引』
立命館大学アート・リサーチセンター客員協力研究員 ローレンス・マルソー   
 近世期の日本文学は、当然ながら中世期の文学の肩に乗ってできている。私はこれまで、近世中期の「文人」という、幕藩体制下における公職を退き、高度な教養を生かして多方面の文芸活動に集中していた「自由人」を研究してきた。この立場から『日本説話索引』の価値について述べたいと思う。近世に入って初めて、上流階級以外の人たちが書物などを通じて古典の教養を享受できるようになり、それまでの文芸を受け継ぎ発展させてきた。韻文では、漢詩・和歌・連歌・俳諧・川柳などを新しく発展させ、時代に合った表現を築いてきた。散文では、仮名草子・浮世草子・読本・戯作などの物語小説のみならず、随筆・紀行・地誌・往来物などのノンフィクションも様々な新しいジャンルを生み出している。そして劇文学では、能・狂言から人形浄瑠璃・歌舞伎まで、多様な文芸形態が現れている。舌耕文芸の講談・落語も語られるようになり、幅広く普及した。これらの文芸は、そのすべてが「説話」から題材を取り、「説話」をベースとして発展してきたと言える。

 私は一九八二年秋に『増補改訂 日本説話文学索引』を購入して以来、四〇年近く座右の書として愛用してきた。「こういう概念にどんな説話があるのだろうか」と思いながら調べると、必ず驚くような事柄に遭遇し、その都度研究のヒントを得てきた。例えば「懐妊」について調べると、一ページ近くの説話が紹介されている。恵心(源信)の母、神功皇后、玉依日売等の説話から「懐妊」の諸相が分かった(つもりだった)。しかし、新版『日本説話索引』の「懐妊」の項を読むと、何と二倍以上の説話が紹介され、近世文学の作者や読者がどれほどの伝統の上に立っているのか、よく分かるようになる。編集・執筆に当たった「説話と説話文学の会」の情報によると、説話の用例が四〇万項を越えているそうである。しかも、量的に増えているだけではなく、説話の概念自体を広く解釈している。いわゆる「説話集」からの採録に留まらず、史書、和歌、物語、漢詩文など、様々の説話性を有する資料から採録した、画期的な索引になっている。天文学を譬喩とすれば、地上の望遠鏡で天体観測をしていたときと比べ何百倍もの精密性を持っているハッブル宇宙望遠鏡で天体観測をする程の差が現れていると言えよう。

 海外の研究機関に勤めている多くの学者は、その国や地域の言語で論文を書き、発表している。彼らは自分の大学、あるいは近くの日本研究プログラムがある大学の図書館を利用し、研究している。限られた資料の環境で研究を続けることは困難が伴う。『日本説話索引』という、膨大な数の説話を項目ごとに提供してくれる本書の存在は、大いに役に立つ素晴らしいものであり、学部学生から数十年の経歴を持つ研究者まで、日本研究、または比較文学研究に興味を持つ人にとって、不可欠の貴重な参考資料になることは言うまでもない。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。