遊廓と地域社会
貸座敷・娼妓・遊客の視点から
加藤晴美著


「芸娼妓解放令」以降、国家によって公認された性売買の空間としての「遊廓」は地方中・小都市にまで広範に普及し、買春行為の「日常化・大衆化」と遊客人口の著しい増加をもたらした。歴史地理学の立場から、「近代遊廓」の成立とその特質を追究する。遊廓の分布および空間構造を検討するとともに、「娼妓哀史」にとどまらない貸座敷経営者や娼妓、遊客などの具体像を提示し、これらの相互関係に着目して「近代遊廓」の存立を解明した。




■本書の構成


第Ⅰ章 序 論

第Ⅱ章 近世・近代における遊廓の史的展開

第Ⅲ章 明治前期米沢における遊廓の形成と貸座敷の存立

第Ⅳ章 大正期烏山における遊廓の展開と遊客・娼妓の在形態

第Ⅴ章 軍港都市横須賀における遊廓の形成と開発者

第Ⅵ章 地方都市における近代遊廓の展開とその特質

補 論 大崎下島御手洗における遊廓の景観と地域社会 
―ベッピンとオチョロ舟の生活史―

第Ⅶ章 結 論



  ◎加藤晴美(かとう はるみ)……筑波大学非常勤講師 博士(文学)


 
◎おしらせ◎
 『週刊読書人』2021年5月28日号に記事が掲載されました。 評者 小谷野敦氏



ISBN978-4-7924-1488-7 C3025 (2021.3) A5判 上製本 290頁 本体6,800円

  
貸座敷・娼妓・遊客から読み解く、遊廓と地域社会

加藤晴美  

 2020年秋、国立歴史民俗博物館で開催された「性差(ジェンダー)の日本史」展が大きな話題となった。なかでも「性の売買と社会」と題されたセクションでは、楼主の非道を訴える遊女の日記や過酷な食事記録、貸座敷で使われた洗浄器などの膨大な資料が展示され、見る者に大きな衝撃を与えた。この展示が象徴するように、性売買に関する研究は近年著しく進展し、新たな局面を迎えつつある

 本書は、筆者が専門とする歴史地理学の立場から、「近代遊廓」の成立とその特質を追究したものである。地域社会において遊廓が創出されるプロセスや、その結果としての遊廓の分布および空間構造を検討するとともに、貸座敷経営者や娼妓、遊客などの具体像を提示し、これらの相互関係に着目して「近代遊廓」の存立を解明した。

 とくに山形県米沢東楼(第Ⅲ章)、栃木県烏山福二楼(第Ⅳ章)、神奈川県横須賀大滝遊廓(第Ⅴ章)を事例に、遊客名簿や経営帳簿、娼妓の雇用関係書類や精算帳といった貸座敷営業に関する一次史料を精査することによって、遊廓で働き、暮らし、あるいは遊ぶ人びとのあり方を読み解くよう努めた。

 「芸娼妓解放令」以降、国家によって公認された性売買の空間としての「遊廓」は地方中・小都市にまで広範に普及し、明治中・後期までに地方都市やその周辺村落部の男性にとって「日常的な生活圏内に遊廓が存在する」という状況が広く現出した。これは、都市部のみならず村落部居住者までを主体とする買春行為の「日常化・大衆化」と遊客人口の著しい増加をもたらす一因となり、買春を主目的とした安価な遊興形態の拡大を招来した。

 地域社会に依拠したローカルな貸座敷の帳簿からは、村落居住者や地方都市の労働者層を中心とした遊客らが貸座敷を頻繁に利用したこと、さらに彼らが貸座敷で遊ぶ際には飲食や芸能に関わる費用を抑制する傾向が強いことが判明した。貸座敷側はより多くの利益をあげるために娼妓らの労働量を限界まで高め、性病の罹患によると思われる医療費の自己負担が娼妓を経済的に圧迫していた。性売買が地域社会の日常に組み込まれ大衆化していく近代社会において、娼妓らがより過酷な状況に追い込まれていく仕組みが浮き彫りになったといえる。

 本書で検討した諸史料が語る娼妓のライフコースや労働市場、身売りの基盤にある家族の状況、遊客の分布や職業と遊興の記録は、外部からは見えにくく記録にも残りにくい性売買の実態を知る上で重要な手掛かりとなる。近代における性売買を考えるとき、本書をご活用いただければ幸いである。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。