風雅と笑い―芭蕉叢考
深沢眞二著
俳諧は「笑い」を求めて作られるものだった。芭蕉は、和漢の文学的古典の世界に―「風雅」に―遊びながら、「笑い」を生み出そうとした。古池の蛙はなぜ飛び込んだのか? 山路の菫はなぜゆかしいのか? なにげない自然描写の句と受けとめられている句も、「風雅」のなかに、思いがけない「笑い」の相貌を顕わす。また、連句においては、連衆との言葉の応酬のなかの「笑い」にこそ、俳諧師・芭蕉の真骨頂があった。芭蕉俳諧の魅力を再認識するための、基点となる一冊。


■本書の構成
芥川龍之介「芭蕉雑記」の位置−序にかえて
発句篇
謎といふ句
蛙(かはづ)はなぜ飛びこんだか−「古池」句の成立と解釈
芭蕉発句叢考
大津にいづる道やまぢを越て
月見三句考−元禄三年の芭蕉
蓑虫と蝉
連句篇
連句の文体と表現
新古ふた道−元禄二年連句の旅
「めづらしや」歌仙注釈
「温海山や」歌仙注釈
山中三両吟について

発句・連句索引




深沢眞二……一九六〇年 山梨県甲府市生まれ
一九八八年 京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学
国文学研究資料館文献資料部助手、和光大学人文学部文学科専任講師・同助教授を経て、現在、和光大学表現学部文学科助教授
専攻分野 日本中世近世文学とくに連歌俳諧
一九九一年 伊丹市の柿衞文庫より第1回柿衞賞を受賞


著者の関連書籍
深沢眞二編著 近世初期刊行連歌寄合書三種集成 全二冊

深沢眞二著 「和漢」の世界

深沢眞二著 旅する俳諧師―芭蕉叢考二



ISBN4-7924-1387-7 (2004.9) A5 判 上製本 407頁 本体8000円
待望の芭蕉俳諧研究−深沢眞二著『風雅と笑い 芭蕉叢考 』を推薦する−
神戸親和女子大学名誉教授 櫻井武次郎
 元禄七年に大坂で芭蕉が五十年の生涯を終えて、今年で三一〇年になる。歿した直後から現代に至るまで、芭蕉の俳諧と俳論は、繰り返し読まれ続けられてきた。その間、その時代その時代の人々の指針として、芭蕉の俳諧と俳論は、絶えず蘇り続けてきたのである。その、汲めども尽きぬ芭蕉俳諧の源泉を探るために本書は、まことに意義深い。
 著者の深沢眞二氏は、当時未踏の領域と言ってよかった和漢聯句の研究で学界にデビュー、その業績で、俳文学研究の芥川賞というべき柿衞賞の第一回受賞者に選ばれた。従来、新興文芸たる俳諧を視るとき、直接に伝統文芸たる和歌・連歌を対比させて考えてきた。しかし、「俳諧は、和漢の式を準用すべし」とされた聯句を無視していたのでは、大事な点を見落としてしまうことになっていたのではあるまいか。その意味で、深沢氏が芭蕉俳諧についての評釈と研究を諸誌に発表し始めたとき、氏の仕事を知る人たちは大きな期待をもって待ち受けたのであった。そして期待は、裏切られなかった。
 今まで芭蕉発句の評釈は、それこそ汗牛充棟、数多く公刊されてきた。読んでいくと、時代時代の問題意識が反映されていて、如実に芭蕉受容の歴史と俳壇の志向や研究のレベルを知ることができて興味深いが、日本文学の中における芭蕉学の研究が精緻を極めてきた今、従来のような評釈では芭蕉の意義を捉えきれなくなってきていた。そういう折から、まさしく本書は、現代が待ち望んでいた芭蕉俳諧の新しい研究書である。
 本書は「発句篇」と「連句篇」から成る。発句だけから芭蕉俳諧を眺めることは、その半面しか見ていないことになる。しかるに、一書の中に意識的に両方を籠めたものは少なかった。ここにも本書の見識が伺えよう。
 「発句篇」に収める「謎といふ句」以下の五篇の論考はもとよりだが、「芭蕉発句叢考」における一七句の評釈は、説得力に欠けるかつての印象的批評でもなく、無味乾燥な従来の分析的批評でもない、豊かな滋味をたたえている。「連句篇」は、元禄二年の奥の細道行脚の作品を取り上げるものだが、連歌・聯句研究の実績を背景に持つ著者にして書けた、新しい形式の俳諧(連句)注釈と言える。言葉の持つ歴史と力を掴み得たところに深沢氏の評釈の成功があったのだが、なお言うと、すぐれた先学からのメッセージを正当に受け止めて、その故にこそ新たな注釈史のページを開くことができたと評価できよう。
 本書をまず俳文学研究者に推薦する。特に若い研究者は、本書を読むことによって、自らの新しい評釈のスタイルを確立していく上でのヒントを得ることになるかと期待できる。そしてもちろん芭蕉と同時代の文学を研究する近世文学研究者全般、及び古代から近代に至るすべての国文学研究者にも読んで貰いたいと望む。
 さらに俳句実作者に推薦する。三百年の昔から各時代の俳人がそうであったように、本書を読むことによって、きっと新しい芭蕉を発見し、必ずや俳句実作の上の糧ともなろうと思うからである。そしてそして、広く江湖の読書人に推薦する。芭蕉俳諧の魅力を知って貰えると信じるからである。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。