二つのテキスト(上)明治期以前の文献

日本語学講座 第2巻

今野真二著




情報の織物としてのテキスト=文献。二つのテキストを対照しながら、情報を解きほぐし、言語に関わる知見を引き出す。



◎本巻では、冷泉家時雨亭文庫に蔵される「資経本」「承空本」などを採り上げて、古典文学作品がどのように書写されてきたのかということを具体的に論じた。「写す」という行為によって、言語の何が変わり、何が変わらないのか?
 はじめに
  学を語ることば interface 二つのテキスト

 第一章 古典文学作品の書写とテキストと
  自筆 「本文」再説 何を書写するのか? 藤原定家自筆本 定家様 ほか

 第二章 藤原定家筆本
  表記の可変域をめぐって 「証本テクストの文字遣」ということについて 「機能的な書きわけ」ということがらについて ほか

 第三章 擬定家本
  擬定家筆本 擬藤原定家監督書写本

 第四章 冷泉家時雨亭文庫蔵資経本
  資経本『山辺集』と御所本『赤人集』との照合結果 御所本『赤人集』についての概観 重点の使用 異体仮名の使用 かなづかい ほか

 第五章 冷泉家時雨亭文庫蔵承空本
  承空本について 片仮名表記と平仮名表記との非対称性 学を語ることば 同定(identification)ということ ほか

 第六章 資経本・承空本・御所本
  承空本『赤人集』の傍書 書写に際しての音声化 表記の可変域 承空本『家持卿集』のかなづかいについて 「忠実な転写本」とはどのような写本か 二度の書写 ほか




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ISBN978-4-7924-0940-1 C3381

(2011.4)

5

上製本

242

本体3,500

 

  二つのテキスト

 しばらく前に、「フクロウが地上の獲物を探している時、時々頭を左右に動かすが、これは視点を動かしているわけである。視点を動かせばそれに伴って物の形は変わって見えるが、視点の移動と物の形の見えの変化の間には一定の法則があり、脳はそれに計算を加えて物の本来の形を把握する」(国広哲弥「語義の構造」二〇〇二年、朝倉日本語講座4『語彙・意味』一五四頁)という言説にふれた。それ以前から、日本語に関わる知見を得るために「二つのテキスト」を使うということをずっと考えてきた。
 第二巻、第三巻では、そうしたみかた/方法をさらに鮮明にすることを目的として、「二つのテキスト」を共通の書名とし、扱うテキストの時期を「明治期以前」と「明治期」とに分け、それぞれを「上」「下」とした。第二巻では、結果的に冷泉家時雨亭文庫に蔵されているテキストを多く扱うことになったが、それは結果としてそうなったということである。
 「意味」に「語義(word meaning)」と「文意(contextual meaning)」とがあるように、「具体性」ということは言語にとって重要なことがらといえよう。一つのテキストによって言語分析をしようとした時、目にしている言語現象が、どの程度の一般性をもつのかということの判断をしなければならない。しかし、その一つのテキストをみているだけでは、「一般性」と「個(別)性」との見極めが難しい。 
 かつて「違式詿違條令」を採り上げて明治期の日本語について考えたことがあった。その後、表紙に「違式詿違條例」と打ち付け書きされている写本を入手した。この写本では「第十七條 人家稠密ノ場所ニ於テ妄リニ火技ヲ   (モテアソ)ブ者」のように、ところどころに振仮名が施されているが、それは必ずしも多くはない。また最近になって、『[山形縣]違式詿違條例圖解 完』という題名の一冊を入手した(右図)。「圖解」であるので、ただみていても興味深いが、第十條には「 乗馬  (じやうば)してみだりにはしらせ又は馬車を 疾驅  (はやかけ)して 行人  (ひと) 觸倒  (たをす)するもの但し 殺傷  (ころしきづゝくる)するは   (この)かぎりにあらず」とある。今江五郎解『[御布令]違式詿違圖解』には「 乗馬  (じようめ)(左ムマノリ)して   (みだ)(左ワケナシ)りに 驅馳  (くち)(左カケハシラ)し   (また) 馬車  (ばしや)疾驅  (しつく)(左ハシラ)して 行人  (かうじん)(左ミチユクヒト)を 觸倒  (ふれたふ)(左ユキアタリコカ)す者但シ 殺傷  (さつしやう)(コロシキズツケ)する   (もの)はこの 此限  (このかぎり)(左コノホカノツミデアルゾ)にあらず」とある。この條の対照だけでもさまざまなことを考える緒がありそうで、今後も「二つのテキスト」を注視し続けていきたい。    (今野真二)


 

※上記のデータはいずれも本書刊行時のものです。