西宮神社御社用日記 第一〜三巻
清文堂史料叢書 第120〜122刊
西宮神社文化研究所編

刊行の辞 「後代為証跡之如斯記置」かれてきた足跡 

西宮神社宮司 吉井良昭
 西宮神社は全国えびす神社の総本社として知られ、日本全国の商人をはじめとする善男善女の崇敬を一手に集めてきた。『日本永代蔵』にも、天狗源内に生きた鯛の遠隔地輸送の秘伝をささやいて巨富を授ける挿話が登場する。江戸時代には、西宮神社神主は、伊勢・大山崎離宮八幡宮などと並んで、正月六日に江戸城にて限られた人数で将軍家への年頭御礼にあずかる「独礼」を許されるほどの格式の高さを誇った。

 昭和二十年(一九四五)八月の空襲は、由緒深き本殿・拝殿・社務所・宝蔵といった建造物や各種の宝物を一夜にして灰燼に帰せしめる。しかし、不幸中の幸いというべきか、後世への貴重な証言集ともいえる元禄七年(一六九四)以来の社用日記群だけは難を免れ、今日に至った。

 平成二十三年(二〇一一)九月、昭和三十六年(一九六一)の本・拝殿復興造営より五十周年を迎えるにあたり、記念事業の一環として、平成十八年(二〇〇六)以来「学術連携協力に関する協定」を締結していた関西学院大学の協力の下、幾多の震災・戦災を潜り抜けてきた元禄七年から同十七年(一七〇四)までの十一冊の翻刻・上梓が実現した。

 貨幣改鋳やバブル景気と生類憐みの令、赤穂事件などに注目が集まる元禄時代であるが、将軍家や幕閣を構成する諸大名、西宮の領主である尼崎藩、寺社伝奏の白川家といった上層部との交わりのみならず、奥羽、関東、信州への御神影賦与の実態や、競合する神職との各種の訴訟等、十七世紀末から十八世紀初頭にかけての生の証言に満ちており、歴代神主から「後代為証跡之如斯記置」くとして託された「後代」に生きる私たち、とりわけ神職、そして近世史・宗教史などの研究者に与えられた使命は、誠に大きいものがある。このたびこの貴重な史料群の上梓をみることができるのは、深く欣快とするところである。



  本書の関連書籍
  西宮神社文書



 



■第一巻の構成
  口絵
  序
  凡例
  西宮神社御社用日記(元禄七年〜十七年)
  「西宮神社御社用日記」解題(志村 洋)
  年表
  「西宮神社御社用日記」にみる元禄期の西宮神社・広田神社の年中行事(幡鎌一弘)
  尼崎藩主要役職就任者一覧(東谷 智・森本真紀子)



■監修者
岩城卓二
(京都大学人文科学研究所准教授)/志村 洋(関西学院大学文学部教授)/西田かほる(静岡文化芸術大学文化政策学部准教授)/幡鎌一弘(天理大学おやさと研究所研究員)/東谷 智(甲南大学文学部准教授)



ISBN978-4-7924-0948-7 C3321 (2011.9) A5判 上製本 486頁(含口絵4頁) 本体11,000円

監修者の立場から


関西学院大学文学部教授 志村 洋
 二〇〇六年、筆者の勤務する関西学院大学と西宮神社との間で「学術連携協力に関する協定」が結ばれた。当時は、キリスト教系大学と神社との連携で聊か地域の話題にもなったが、このたびその成果として『西宮神社御社用日記』第一巻が刊行される運びとなった。当初より神社側からの多大な支援を受けてこの事業に携わってきた筆者としては、漸くその務めが果たせたという思いが強い。

 現在商売繁盛の神様として知られる西宮神社であるが、江戸時代においては西宮神社は全国のえびす神社の総本社として特異な位置にあった。西宮神社は、朝廷二十二社のひとつである広田神社と一体的存在であって、江戸幕府に対しては、西国の神社では珍しく正月の年頭礼を行っていた。現在西宮神社には、全国に散在したえびす願人――えびす絵像を頒布する末端的宗教者――からの願書や争論文書が残り、元禄七年から現在までの御社用日記がほぼ毎年のごとく残されている。そのため、御社用日記に見られる記事は、摂津国の一地方大社に関する問題にとどまらず、全国のえびす信仰の実態や、幕府や地元尼崎藩の寺社支配政策、京都の公家白川家の神社支配など、さまざまな内容にわたっている。また当日記は、西宮地域の庶民生活・庶民信仰に関する一級史料でもあり、多くの史料が戦災等で失われた現在、きわめて重要な意味をもっている。本史料集は、地域の歴史に関心を持つ人はもちろんのこと、日本史学・宗教学・民俗学・国文学等、全国各地のさまざまな分野の研究者に参照していただきたい史料集である。

 『西宮神社御社用日記』は、今回の元禄期を皮切りに、二巻目以降も順次刊行される予定である。西宮神社ではこの一大事業を遂行させるために、二〇一一年度より西宮神社文化研究所を設立し、ひろく地域に向けた文化事業を開始している。多くの自治体で文化事業が縮小・廃絶されている昨今、宮司をはじめとする神社各位の文化事業に対する高い御理解に敬意を表したい。

 

民俗神エビス伝播の貴重な資料


成城大学名誉教授 田中宣一
 エビス神は、わが国の代表的な民俗神である。都市部では商売繁昌を願う神、漁村部では豊漁をもたらしてくれる神、農村部では豊作を祈る神として全国で広く信仰されてきたし、現在でも信仰されている。古代の事情には未詳の部分が少なくないが、中世において七福神のひとつ、それも有力なひとつに数えられるにいたって、畿内を中心に急速に広まっていった。西宮神社は古くからそのエビス信仰の有力な中心とされてきたのである。福神としての商業神のほか、ご神像が釣り竿を持ち大きな鯛を抱いてござることからもわかるように、漁業神としての性格も強い。各地の漁港の一角にはだいたいエビス社祠が鎮座しているし、漁協の神棚に祀られているケースも多い。

 農村部では、西日本においても亥の子と習合したかたちで信じている地域があるが、東日本農村部においては、少し前までは、すべての農家の神棚に祀られているのではないかと思われるほど、エビス信仰が盛んであった。これには近世前期以降、幕府の裁許をえた西宮神社が各地のエビス願人を統御して、東日本に配札を進めたことの影響が大きいと思われる。配札許可の地域が、現在のエビス信仰の盛んな地域と重なるからである。しかし東日本農家のエビス信仰には商業神や漁業神としてのエビスとは異なって、しばしば春秋の神去来伝承が伴っているし、能登のアエノコトの田の神に類似した性格を伝えている地域が少なくないのである。祭日も西日本に多い十日エビスというわけではない。もとからある農神(田の神)信仰を取り込んで広まっていったからかと思われ、民俗学上ゆるがせにできない問題である。

 このたびの『西宮神社御社用日記』には配札を担ったエビス願人の記述がみられ、民俗学にとって貴重な資料である。近世期の配札活動の実態は近年少しずつ解明されつつあるが、今後の『日記』の続刊によってさらに多くのことが明らかになると期待され、わくわくする思いでいる。

 

宗教社会史への理解を深める史料集


愛知学院大学文学部教授 林  淳
 一九九〇年以降、陰陽師、神子、虚無僧、願人坊主、神事舞太夫など周辺的な社会存在であった宗教者・芸能者の活動に関する研究が着実に増えてきた。こうした宗教者・芸能者が本所、本山、頭に編成されて身分集団を形成していく過程が、一方で権力論としても理解できるとともに、他方で地域社会の重層的な社会関係を解きほぐす切り口にもなるという可能性から、若い世代の研究者を刺激して、さまざまな堅実な研究を生み出した。宗教社会史という分野名が流通しはじめたのも、同じ頃であった。こうして解明されてきた近世の勧進の宗教者・芸能者の姿は、かつてヒジリ、マレビトという既成の枠で理解していた孤高のアウトローではなく、社会の網の目に組み込まれ、社会的な権威を利用し、あるいは規制されながら営業活動を続けるために競合し、争論にたたかった人たちであった。

 夷の絵像を配る夷願人(史料では下願人)が注目をされながらも、研究が進まなかったのは、何よりも利用できる史料集がなかったからであろう。今回刊行される『西宮神社御社用日記』は、代々の神主が書き綴った公用日記のうち元禄七年から同十七年までの十一冊をふくむが、元禄期の西宮神社の内部機構、幕府・白川家・尼崎藩・大坂町奉行所との重層的な支配関係、夷願人の配下支配の実態などについて知りうる貴重な史料集になっている。

 解題で志村洋氏が指摘しているように、神主、各種の社人(社家・祝部・神子・願人)の間で争論記事が多いことが一つの特徴である。夷の絵像の配布、下願人からの役銭徴収、祭礼・年中行事における参詣者の群集、商人仲間の参詣など、富と人の集積し交錯する場でもあったがゆえに、富と労働の配分に関して合意と調停に達するには、相当な時間がかかったと思われる。この史料集を手にとって、そこに綴られた行と行の間に、神社信仰を支えていた人びとの心情や葛藤を読みとることができれば、私たちの宗教社会史の理解もすこし深まり、奥行きをもったものになるのかもしれない。

 



■第二巻の構成
  凡例
  西宮神社御社用日記(宝永二年〜正徳六年)
  年表
  宝永・正徳期の西宮神社(松本和明)
  正徳の争論の経緯とその背景(幡鎌一弘)
  尼崎藩主要役職就任者一覧(松本和明・志村洋)

  【総監修】志村 洋  
関西学院大学文学部教授
       松本和明  
西宮神社文化研究所主任研究員
  〈監修〉 井上智勝  
埼玉大学教養学部教授
       岩城卓二  
京都大学人文科学研究所准教授
       梅田千尋  
京都女子大学文学部准教授
       中川すがね 
愛知学院大学文学部教授
       西田かほる 
静岡文化芸術大学文化政策学部教授
       幡鎌一弘  
天理大学おやさと研究所研究員
       東谷 智  
甲南大学文学部教授
       引野亨輔  
千葉大学文学部准教授
       山ア善弘  
奈良教育大学特任准教授



ISBN978-4-7924-1002-5 C3321 (2013.10) A5判 上製本 496頁 本体11,500円



■第三巻の構成
  凡例
  西宮神社御社用日記(享保二年〈1717〉〜享保十三年〈1728〉)
  年表
  享保期における広田社遷宮と西宮社開帳(松本和明)
  享保期、西宮神社による関東・東北地方の願人改めについて(志村 洋)
  尼崎藩主要役職就任者一覧(松本和明)

  【総監修】志村 洋  
関西学院大学文学部教授
       松本和明  
西宮神社文化研究所主任研究員
  〈監修〉 井上智勝  
埼玉大学教養学部教授
       岩城卓二  
京都大学人文科学研究所准教授
       梅田千尋  
京都女子大学文学部准教授
       中川すがね 
愛知学院大学文学部教授
       西田かほる 
静岡文化芸術大学文化政策学部教授
       幡鎌一弘  
天理大学おやさと研究所研究員
       東谷 智  
甲南大学文学部教授
       引野亨輔  
千葉大学文学部准教授
       山ア善弘  
奈良教育大学特任准教授



※第四巻も編集作業中です。ご期待ください。


ISBN978-4-7924-1003-2 C3321 (2015.10) A5判 上製本 476頁 本体11,500円

本巻の特色

西宮神社文化研究所主任研究員 松本和明
 『西宮神社御社用日記』第一巻・第二巻に引き続き、このたび第三巻が上梓される運びとなった。本巻には、享保二年(一七一七)〜同十三年(一七二八)にかけて記された十二冊の「御社用日記」を収録している。

 その記事内容からは、寛文三年(一六六三)の徳川家綱による造営以降初の本格的修復となる夷
(えびす)・南宮両社屋根修復と広田社遷宮、そしてその資金捻出を主目的とする開帳や神事の再興、さらに諸国えびす願人(がんにん)との関係に目を向ければ、願人頭(がんにんがしら)支配から神主による直支配へと移行するなど、様々な事業・改革をおし進めていることが確認できる。元禄期の争論(第一巻)・正徳期の争論(第二巻)など、事毎に反目を繰り返していた社家・神子(みこ)・願人頭らが排斥され、神主吉井宮内は就任以来二十余年、四十歳を超えてようやく自らが主導する運営体制を構築しえたのである。

 勿論、幕府・尼崎藩・伝奏はもとより、氏子・崇敬者や諸国えびす願人たちの動向にもよるところ大ではあるが、日記表紙に「御社頭繁昌ノ吉左右有之」などと記した神主の胸中はいかばかりだったろうか。本巻にはそこに至るまでの生々しいやりとりが豊富に記されている。加えて、神主直支配への移行に伴い、これまで不明であった諸国えびす願人の存在・動向が頻出する点も興味深い。是非ご一読いただきたい史料集である。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。