西宮神社文書 第一・二・三巻
清文堂史料叢書 第134・135・139刊
西宮神社文化研究所編

  
必ず私に秘す事なかれ ―「西宮神社文書」刊行の意義―

西宮神社宮司 吉井良昭

 「亀玉櫝中に私秘するも空しく」「公然たらしめよ 必ず私に秘する事なかれ哉」、元文五年(一七四〇)奥州社人からの神道行事の問への回答の一節は、西宮神社に一貫してきた姿勢である。

 天文から承応にかけての三度の火災、昭和二十年(一九四五)八月の西宮空襲等によって、当社の社殿等の建造物は灰燼に帰したが、元禄期以降の社用日記(享保期の第三巻まで刊行済み)は難を逃れたほか、戦前にペン書き筆耕という形で調査、翻刻を実施していたがゆえに命脈を保つことを得た文書群があった。これを今回二巻に分けて上梓し、それに加えて、神社・神主家所蔵文書を、後代への継承という先人の強い使命感を世に問うべく、五巻を目途として刊行するものである。

 本文書の内容は、きわめて多岐にわたる。時代的には明治十年代まで収録されているが、たとえば、「官位勅許次第」では、神主が官位を戴くまでの京都における行動や次第が記され、これは日記には見出せない。社用日記から読みとれない事実は本書、本書から読みとれない事実は社用日記からといった車の両輪ともいうべき活用によって、和音の共鳴にも比すべき効果が生じ、理解がいっそう深化するに違いない。

 本書には 神事、社領、社頭定書といった神社運営に直接関係する例のみならず、東海道と中山道の旅日記、幕末期の攘夷祈願(以上、第一巻)やこれまで不詳であった名古屋配下の文書、修覆田に係る神文議定、江戸における当社崇敬を示す江戸大々神楽講員名の列挙(以上、第二巻)等、多様多彩な記事がちりばめられている。それぞれの文書の行間から当時の人々の息吹や喜怒哀楽が読みとれ、宗教史、民俗学、社会史といった枠内に拘泥することなく、読者各位の幅広いご活用を期待したい。



■第一巻の構成

序(吉井良昭)
はじめに(松本和明)
凡例


吉井文書一

  年頭書状四通/勘定覚書四通/石津戎宮出入裁許請書壱通/吉田配下願添文案壱通/吉井宮内口上覚壱通(追放・所追払の者共所へ帰り候旨御赦免奉願候儀につき)(以下略)

吉井文書二

  西宮太神宮仮殿遷宮役附行列壱通/南宮八幡宮正遷宮役付目録壱通/南宮八幡宮正遷宮役付行列壱通/南宮八幡宮仮殿遷宮次第壱通/西宮太神宮正遷宮役附壱通(以下略)

吉井文書三

  社家連印証札写壱冊(拝殿番につき元禄・享保年中証書写)/吉井式部返答書覚壱冊(願人中西太郎兵衛と出入につき)/社家神人証札留書壱冊/祝部証札留書壱冊(跡目相続につき)/伯家申渡之条々壱冊(神事祭礼奉仕などにつき)/広田・西宮幷末社境内惣間数之覚壱通(以下略)

吉井文書四

  神子共之一巻(神子の共神主・社家の下知を不承につき)/広田社権殿遷宮役列/西宮神社営繕始末壱冊/西宮造営入用壱通/近衛御教書壱通/近衛家神馬奉納添文弐通(以下略)

解題(松本和明)




  本書の関連書籍
  西宮神社御社用日記


 



ISBN978-4-7924-1074-2 C3321 (2017.6) A5判 上製本 368頁 本体9,600円


■第二巻の構成

凡例

吉井文書五

  信州持田市之進身許調一件壱冊/広西両宮覚壱冊/広田・西宮社記稿壱冊/十箇條別廉書壱冊(広田社・西宮社明細書上)/広田神社御伝略記壱冊(以下略)

吉井文書六

  大塩父子申渡書壱綴/広西両宮禁制弐通/西宮境内絵図壱枚/境内境保証一札壱通(新堤築直にあたり名次山御社地へ入込候につき)/東向斎宮口上覚壱通(私儀心得違いにつき退身、家督の儀弟良丸へ相譲りたく)(以下略)

吉井文書七

  配下不埒覚壱通(簑和田要人配下不埒の行状書上につき)/美南川芳雄書状壱通(兵部儀今般社役人に御申付候段につき)/中尾多内申渡書壱通(御修理料不納不埒などにつき)/林主水口上覚壱通(兄金左衛門神職相望候につき)/御開帳諸払之記壱冊(以下略)

吉井文書八

  郡山役人願状壱通(御撫物御通行、当宿止宿仰せ付けさせられ候ところ、当日長州様御泊まりゆえ宿中壱軒も明宿御座なく候につき)/久世新吾請書二通/神納口述壱通(神納品書上)/田地売券壱通/請状関係書類、壱括(吉井家年季奉公人・人別送り状ほか)(以下略)

解題(松本和明)
『西宮神社文書』第一巻・第二巻所収史料年代順総目録(松本和明)




監修者
【総監修】
松本和明  静岡大学人文社会科学部准教授
〈監修〉 
井上智勝  埼玉大学教養学部教授
     
岩城卓二  京都大学人文科学研究所教授
     
梅田千尋  京都女子大学文学部准教授
     
志村 洋  関西学院大学文学部教授
     
中川すがね 愛知学院大学文学部教授
     
西田かほる 静岡文化芸術大学文化政策学部教授
     
幡鎌一弘  天理大学文学部教授
     
東谷 智  甲南大学文学部教授
     
引野亨輔  千葉大学文学部准教授
     
山﨑善弘  東京未来大学モチベーション行動科学部専任講師

 


ISBN978-4-7924-1075-9 C3321 (2018.9) A5判 上製本 488頁 本体13,000円


■第三巻の構成

はじめに
凡例


本吉井家文書一

  【A 社中統制】
  貞享元子年十二月廿二日被下置候御裁許書写(西宮神社吉井式部・社人鷹羽源之丞と願人頭中西太郎兵衛争論につき)/貞享元子年十二月廿二日被下置候御裁判書写(同)/貞享元子年十二月廿二日被下置候御裁許書写(同)/社家・祝部中西宮拝殿番之義ニ付元禄・享保年中連印証文写(以下略)

  【B 夷願人支配】
  〔関東東国筋願人書上〕(三嶋木紀伊守対応記録)/〔吉角左京宛大炊等書状写〕(関東東国筋の夷願人関連事案に対する返答)/窺之覚(天保改革に伴う江戸支配所移転及び神事舞太夫頭との出入につき)/諸国惣御国高御取調御触書書扣(広田社領寄付につき)/〔吉井但馬守良顕書状類写〕(尾張触頭落合左次馬跡役につき)(以下略)

  【C 神社経営】
  御尋ニ付書上申覚帳(尼崎藩の広田社領寄付につき)/諸国惣御国高御取調御触書書扣(広田社寄付田につき)覚(越木岩新田内戎社及び上ヶ原新田村内八幡社境内書上)/浅草市日記(浅草寺境内での夷像札頒布につき)(以下略)

  【D 町政】
  諸用願書扣(社家町)(宝暦一二~明和三年)/諸用願書扣(社家町)(明和三~四年)/諸用願書扣(社家町)(明和五~安永八年)

  【Z その他】
  阿部豊後守殿御老中之節御領分百姓へ被仰渡候御條目之覚/〔定書〕(明和上知による地方支配仕法につき)/〔御触書写〕(東海道人馬賃船賃割増等につき浜方惣会所に差遣す)/西宮社・広田社両社祝詞(浜祭祝詞・剣珠祝詞・神供神酒祝詞・奉拝稲荷大神祝詞)

解 題(戸田靖久)





監修者
〈監修〉 井上智勝  埼玉大学大学院人文社会科学研究科教授
     
岩城卓二  京都大学人文科学研究所教授
     
梅田千尋  京都女子大学文学部教授
     
志村 洋  関西学院大学文学部教授
     西田かほる 静岡文化芸術大学文化政策学部教授
     
幡鎌一弘  天理大学文学部教授
     
東谷 智  甲南大学文学部教授
     
引野亨輔  東北大学大学院文学研究科准教授
     
松本和明 静岡大学人文社会科学部准教授
    山﨑善弘
  東京未来大学モチベーション行動科学部准教授

 


ISBN978-4-7924-1515-0 C3321 (2023.3) A5判 上製本 392頁 本体15,000円
 

  
本吉井家文書刊行の意義

西宮神社文化研究所主任研究員 戸田靖久

 本史料集は、本吉井家(現宮司家)に所蔵された古文書三〇〇点余のうち六十六点を翻刻し、『西宮神社文書』第三巻(本吉井家文書一)として刊行するものである。

 西宮神社ではこれまで歴代の神主等が元禄七年(一六九四)から書き綴ってきた社用日記を翻刻し、『西宮神社御社用日記』第一~四巻(清文堂史料叢書)として刊行してきた。また昭和二十年(一九四五)八月の西宮空襲により原史料は焼失したものの、戦前に「廣田西宮文書記録用箋」にペン字で筆写された本吉井家文書(通称本吉井家M文書)の筆耕原稿を再編集し、『西宮神社文書』第一~二巻(同)として刊行した。従って本史料集に収録する本吉井家文書は戦災そして阪神淡路大震災を免れて原史料が現存する古文書群である。

 既刊分の『西宮神社文書』の解題等で紹介した通り、本吉井家文書の内容は極めて多岐にわたる。本巻所収の史料分だけでも西宮神社の神事祭礼関係(開帳・太々神楽・祝詞等)は勿論、社内外との出入争論、社中定書、各種入払帳、講関係文書、社中人別帳のほか、神主の居住する町の町政文書も含まれている。これらは社用日記だけでは描き出すことができない西宮神社の実像とともに、神社に関わる人々の営みや近世西宮町の在り方をも浮かび上がらせる非常に貴重な史料群である。

 『西宮神社御社用日記』と『西宮神社文書』は西宮神社研究にとって車の両輪と言うべき史料集であり、互いを補完する関係にある。その記述に『西宮市史』等の自治体史や他の寺社史料との比較検討を加えることで、より充実した近世社会の実態を探ることが可能となるだろう。本史料集がその一助になることを願っている。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。