藩財政再考
藩財政・領外銀主・地域経済
伊藤昭弘著



困窮・窮乏といった文言で説明されることが多かった近世後期における諸藩の財政について、藩財政構造・銀主と藩の関係・藩と藩領経済という資金循環構造について検討する。そこからみえてくるのは、財政難を理由に増税やリストラ、借金踏み倒しを実行しつつ、一方では蓄財に勤しみ、蓄えた財の維持・増殖のために腐心し、「藩」と「藩領経済」の双方が利益を享受できる体制の確立を目指す藩の姿である。



■本書の構成

序  章
  はじめに/1 草間伊助の意見書にみる藩財政/2 これまでの「藩財政」研究と本書の問題関心

第T部 藩財政再考

 第1章 近世後期松代藩の財政構造
  はじめに/1 勝手方の財政運営/2 財務構造分析/おわりに

 第2章 佐賀藩における単年度財政収支と財政構造
  はじめに/1 「大目安」概要と繰越の評価について/2 別会計について/3 〈財政〉政策の展開と別会計/おわりに

 第3章 松江藩の財政構造と資産運用
  はじめに/1 松江藩の財政構造について/2 松江藩の借入について/3 松江藩の資産と藩領経済/おわりに

 第4章 萩藩財政と藩政改革
  はじめに/1 萩藩財政構造の変遷/2 萩藩政の展開と藩財政──天保改革以後を例に/おわりに

第U部 藩財政と領外銀主

 第5章 17〜18世紀の藩財政と上方銀主
 ――萩藩を事例に――
  はじめに/1 大坂依存の深化/2 2度の「御断」――銀主再編策の失敗/3 宝暦改革と大坂銀主/おわりに


 第6章 佐賀藩と上方銀主
  はじめに/1 幕末期の佐賀藩と上方銀主/2 「六軒銀主」体制の形成と展開/おわりに

 第7章 佐賀藩と鹿島清兵衛
  はじめに/1 過去の研究にみる佐賀藩と鹿島清兵衛/2 天保3年までの佐賀藩と鹿島清兵衛/3 家質をめぐる対立/おわりに

第V部 藩財政と地域経済

 第8章 藩資産と産業振興 
――萩藩領における塩業を事例に――
  はじめに/1 文政期の製塩経営と萩藩/2 弘化元〜明治4年の有富家と萩藩/3 萩藩「勘場仕組」と塩業/おわりに


 第9章 佐賀藩における「米筈」について
  はじめに/1 表9-1について/2 米筈の発行開始と展開/3 米筈価格安定化政策/おわりに

 第10章 幕末佐賀藩の銀札について
  はじめに/1 銀札について/2 銀札と地域経済/おわりに

終  章
  はじめに/1 藩財政をどう捉えるか/2 藩財政運営ツールとしての領外銀主/3 藩領経済における資金循環構造と金融政策/おわりに

  参考文献/初出一覧/あとがき/索引




  ◎伊藤昭弘(いとう あきひろ)……1971年長崎県生まれ 九州大学大学院文学研究科博士課程修了 現在、佐賀大学地域学歴史文化研究センター准教授 博士(文学)




  本書の関連書籍
  荒武賢一朗編 近世史研究と現代社会




ISBN978-4-7924-1028-5 C3021 (2014.12) A5判 上製本 350頁 本体8,500円

  藩の財政は、本当に窮乏していたのか


 近世後期における諸藩の財政については、困窮・窮乏といった文言で説明されることが多い。これは戦前・戦後の研究者が初めてみいだしたものではなく、近世初期以来、多くの知識人・政治家らが著述していた、同時代人の認識だった。そのため藩財政=困窮・窮乏という理解について、疑問が呈されることは少なかった。
 しかし両替商として、さらには『三貨図彙』などの書を記した経済学者として名高い草間伊助直方は、こうした理解だけでは説明できない藩財政認識を示している。草間は「備金」を蓄積している藩や、困窮・窮乏ゆえにカネを借りるのではなく、財政難のアピールが目的の藩、領内では借金返済を言いつつ、実は返済せずに備蓄している藩など、自身の資産を蓄積・防衛するためにさまざまな手段をとる藩の存在を指摘している。こうした草間の見解は、どこまで事実なのだろうか。
 本書では、草間の見解にヒントを得て、藩財政の構造、藩に巨額の資金を融資していた銀主と藩の関係、藩と藩領経済のあいだに形成された資金循環構造について検討する。藩財政の構造については、松代藩・佐賀藩・松江藩・萩藩を事例に、いままでの藩財政研究の多くが分析対象としていた経常収支を管轄する会計だけでなく、藩内に存在したさまざまな会計の単年度収支や資産保有状況を解明し、藩財政モデルを提示する。銀主と藩の関係については、萩藩・佐賀藩による上方・江戸銀主との交渉過程などから、両藩が財政運営に銀主をどう位置づけていたのか、明らかにする。藩−藩領の資金循環構造については、藩資産の領内向け投資や、藩札発行による金融政策により、藩財政と藩領経済を一体化させていた様子を、萩藩・佐賀藩を事例として検討する。
 以上の分析から明らかとなるのは、一方では財政難を理由に増税やリストラ、借金踏み倒しを実行しつつ、一方では蓄財に勤しみ、蓄えた財の維持・増殖のために腐心する、さらには藩の利益と藩領経済のなりたちのバランスをとりつつ、双方が利益を享受できるような体制の確立を目指す藩の姿である。本書により、近年盛んである藩研究が、より進展することを期待したい。
(伊藤昭弘)
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。