クチとオク
住まいの民俗学的研究の一視座
森 隆男著


住居民俗論の中心的な分析概念とされてきた「オモテ⇔ウラ」「カミ⇔シモ」に対して「クチ⇔オク」という視点を提唱する。



■本書の構成

序論  クチ―オクの秩序とは

第一章 列島の住まいにみるクチ―オクの秩序
 第一節  通過儀礼の動線からみた南西諸島の住まい
 第二節  琉球とヤマトの住文化が併存する徳之島
 第三節 「広い部屋」をめぐる動線と秩序
 第四節 都市の住まいにみる動線
 第五節  祭場に転換される住まい
 ―宮崎県椎葉村の神楽―

第二章 クチの諸相にあらわれた住まいの開閉
 第一節 「閉じた住まい」を追って
 第二節 ヒンプンの伝播と展開
 第三節 クチに関わる住居感覚の変容

第三章 オクと女性の領分
 第一節 納戸神を祀る村
 第二節 南西諸島の住まいを貫く女性原理
 第三節 対馬の住文化と女神

第四章 集落に伝承されるクチ―オクの観念
 第一節 神社が創出する集落空間の秩序
 第二節 漁村集落と住まいにみるクチ―オク
 第三節 祭りと民俗儀礼に残る漁村の記憶
 第四節 明確なクチ―オクの秩序が内在する城下町

結語   住まいの構造をクチ―オクの秩序を通して読み解く

 初出一覧
 あとがき




  ◎森 隆男(もり たかお)……1951年兵庫県生まれ 日本民家集落博物館・尼崎市教育委員会をへて、関西大学文学部教授




  著者の関連書籍
  森 隆男編 民俗儀礼の世界




ISBN978-4-7924-1072-8 C3039 (2017.3) A5判 上製本 344頁 本体8,800円

  
住まいの民俗空間 ―その原質を学ぶ―

近畿大学名誉教授 野本寛一
 高度経済成長期以降、社会・生活様式が短期間に激変した。衣・食においては生産・加工システムの変化にともないその外部化が進んだ。住まいにおいても、人口の都市集中、核家族化、単身者の増加などによって変容が加速し、儀礼空間の消滅、家屋や部屋の遮閉性などが顕著になった。一方、山間部や島嶼などには伝統的な住まいはあるものの、過疎、少子高齢化などによって機能不全に陥っている例も多々見られる。

 本書の著者は、これまで一貫してこの国の住まいを見つめ、右に見たような変容にも目を配りつつ調査研究を続けてきたのであるが、その中心は、「住まいの民俗―その原質」「住にかかわる民俗学的ないとなみ」に向けられてきた。本書では、従来、住居民俗論の中心的な分析概念とされてきた「オモテ⇔ウラ」、「カミ⇔シモ」に対して「クチ⇔オク」という視点が提唱されている。この分析概念が、著者があたため、熟成させてきたものであることは、前著『住まいの文化論・構造と変容をさぐる』(柊風舎・二〇一二)の中に登場していることでもわかる。しかし、その本格的実証は本書においてなされたと言ってよかろう。この新視点により、沖縄・奄美・九州・四国・関東・東北など全国的な実地踏査で得た一次資料に基づき、多角的な実証がなされている。

 住まいにおける日常と非日常の動線、家人と客の動線、「クチ⇔オク」の原理性は、民家に見られるのにとどまらず、村落空間や城下町の空間にも見られ、重構造をなすこと、「オク」と女性の深いかかわり、「オク」と納戸神・火の神・便所神の関係など注目すべき成果が多く盛り込まれており、刺激に満ちている。多用されている図面や写真は大いに理解を助けてくれるのであるが、とりわけ「住まいの開閉」という概念にかかわって集成的に収められている「石塀」の写真群は圧巻であり、フィールドワークの成果である。

 住まいの民俗にかかわる調査研究は、プライバシーの中核である暮らしの場に参入し、許されてはじめて学びが可能となる。それゆえにその成果は尊い。

 著者が探索し、まとめてくれた「クチ」⇔「オク」にかかわる成果は、日本人の信仰空間認識や思念とも脈絡を持っている。原質との乖離をかかえる厳しい現実の中で、住まいにかかわる伝統的なものの、どこを、どのように生かしてゆけばよいのであろうか。

 例えば、著者は結末部で「家族や地域の人と交流できる空間を住まいの中につくることで、筆者は安らぎを与える「奥深さ」を取り戻すことができると考えている」と述べている。

 著者が提起し、まとめてくれた成果と、現在・未来の「住まい」の関係については我々ひとりひとりが真剣に考えてみなければならない。重い問題である。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。