紀伊の霊場と近世社会
佐藤 顕著


2019年駿台史学会選奨受賞
紀伊国(和歌山県全域と三重県南部)の霊場へ参詣した民衆や受け入れた霊場の動向、民衆の思想・日常生活、藩権力の宗教政策を把握することにより、近世の霊場とそれを取り巻く社会の様相を解明する。寺社や信仰対象のほか立地する地域社会に注目し、その参詣者の祈願、その結果としての諸経費収入がその対象存在を経営的に支えているという新しい視点から近世社会の本質を捉える。



■本書の構成


序 章 本書の目的と方法
   先行研究/課題と方法/本書の構成

一部 民衆の日常生活と信仰・霊場参詣

一章 民衆の世界観と信仰 
―紀伊国名草郡岩橋村湯橋長泰を事例に―
   はじめに/地士の身上り運動/湯橋長泰の世界観/湯橋長泰の信仰/おわりに

二章 高野山麓の日常生活と信仰 
―紀伊国伊都郡慈尊院村中橋英元を事例に―
   はじめに/年中行事にみる村の生活/中橋英元の教養と自意識/中橋英元の信仰/中橋英元の参詣/おわりに


三章 高野参詣の様相と変容 
―相模国を中心に―
   はじめに/高野参詣の様相/参詣者数の推移/参詣の変容/変容の要因/おわりに


四章 高野山における供養の展開 
―相模西部を事例に―
   はじめに/位牌供養の概要/供養数の推移/供養の変容/「先祖代々」供養の展開/おわりに

五章 高野山塔頭の勧進と民衆 
―相模国三浦郡を事例に―
   はじめに/勧進の特徴/文化期の勧進/勧進への対策とその実態/おわりに


二部 旅行者と地方寺社・地域社会

六章 道中日記に見る紀伊の旅
   はじめに/西国三十三所観音巡礼/高野山から加太を経て四国へ渡海する行程/おわりに

七章 西国巡礼と地域社会 
―紀伊国伊都郡慈尊院村を事例に―
   はじめに/西国巡礼と慈尊院村/無銭渡の様相/無銭渡の目的/神流川の無銭渡/おわりに


八章 地方神社の宗教活動 
―紀伊国海部郡加太浦淡嶋神社を事例に―
   はじめに/淡嶋神社と紀伊/各地への勧請/江戸紀伊藩邸への勧請と出開帳/近世後期の淡嶋神社参詣/おわりに


三部 藩権力と霊場

九章 紀伊藩の寺社序列と教団組織 ―天台宗を事例に―
   はじめに/儀礼にみる近世後期の寺社序列/天台宗の序列形成過程/道成寺と紀伊藩/おわりに

十章 高野山の再建活動と紀伊藩
   はじめに/幕府・紀伊藩への嘆願/和歌山での嘆願/江戸での嘆願/おわりに

十一章 紀伊藩における修験者の他領宗教者取締
   はじめに/近世後期における取締/一八世紀における勧進宗教者の取締/化政期以降の修験の動向/おわりに


終 章



  ◎佐藤 顕
(さとう あきら)……1979年神奈川県生まれ 明治大学大学院文学研究科博士後期課程修了 博士(史学) 現在、和歌山市立博物館学芸員




  著者の関連書籍
  高橋陽一編著 旅と交流にみる近世社会




ISBN978-4-7924-1444-3 C3021 (2019.9) A5判 上製本 341頁 本体8,200円

  
近世民衆の霊場参詣・旅と信仰意識を実証的に解明した力作

和歌山大学名誉教授 藤本清二郎  

 中世“宗教勢力の王国(地域)紀州”との フレーズがよく言われる。では近世ではどうか。この答えを示してくれるのが本書である。

 中世における貴顕の熊野・高野参詣は紀州ローカルな事例ではなく、畿内あるいは全国に展開した信仰の象徴的存在であった。それが推移して、近世の熊野・高野参詣等の紀伊各地の霊場参詣は、とりわけ民衆レベル参詣者が圧倒的に増加しつつ、継続された。

 本書においては、近世社会の信仰の民衆的性格、つまり霊場へ出かける民衆、村落における村民の信仰的営為、また参詣者を迎え、信仰を支える地域の構造、このような民衆の生活に根ざした信仰、霊場参詣が多面的、構造的に解明されている。

 本書が対象とする「紀伊の霊場」は、全国的広がりを持つ高野参詣についての分析が大きな比重を占め、遠隔地(ここでは相模)の供養や勧進も分析されている。「紀伊の霊場」としては加太浦淡島社・道成寺なども取り上げられ、さらに、民衆レベルに留まることなく、藩領社会(ここでは紀州徳川藩領)における寺社の秩序とその論理、藩権力の優位性、修験者による多様な宗教の統制、宗教権力高野山と紀伊藩の関係等、領主支配のもたらす寺社政策についても目配りがなされている。


 先行研究では寺社参詣、本書では霊場参詣。「霊場」とは、「霊験あらたかな寺院・神社」をさし、本書では、「広範な地域の民衆が宗教的な関係を有し、そこから得る収益に経営上大きく依存した寺社」としている。何が違うかといえば、宗教教団や信仰対象の他、立地する地域社会に注目し、その参詣者の祈願、その結果としての諸経費収入がその対象存在を経営的に支えているという視点が新しい。近世社会の本質を捉えている。

 著者は関東出身で、八年前に和歌山市立博物館に赴任された、和歌山の中心的近世史研究者である。赴任以前の研究を赴任地で発展させ、着任後八年間で力作を上梓された。それは著者本人にとって幸いであるだけでなく、紀州宗教王国の近世的展開が本格的に論じられ、全国的な寺院神社史、宗教史、民衆信仰史、旅・観光史の発展に裨益するところ大であり、学界として大いに歓迎される。


 人々の日常的信仰というような、心の営みを視野に入れたソフトな社会構造の解明が今新しく進みつつある。社会の総体的な理解が進み、新しい社会の形成と改革が展望されることを期待したい。広範な世代、諸階層に一読をお薦めする。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。