道南・北東北の生活風景
菅江真澄を「案内」として
菊池勇夫著



民衆思想史・民衆社会史に主たる関心を抱く著者が鯡漁、昆布刈り、旅人改め、馬と牛、桜、五月鳥と早乙女花、熊、春木刈り出し、山林防火策、湯あみ、立木、神仏のいる「林」といったテーマの下、折しも研究生活を開始した時期に全集が刊行され始め、18世紀後半から19世紀前半を生きた菅江真澄の著作を通じ、当時の北日本の生活風景を読み解いていく。



■本書の構成


はしがき


Ⅰ部

第一章 鯡漁に生きる人々
 ―渡島半島西海岸の旅―
  はじめに/一 鯡は「島のいのち」/二 「けかち」にあう─天明・寛政期の鯡不漁─/三 桜花は鯡漁の終わり/四 鯡神・姥神/五 鯡をもたらすエビス/六 鯡場の光景


第二章 昆布刈りのわざ
 ―渡島半島東海岸の旅―
  はじめに/一 丸屋形・円舎/二 鎌おろし・昆布刈り/三 昆布刈り船の六ケ場所進出/四 昆布稼ぎの村と昆布場所の様子/五 昆布取りの技術


第三章 島渡りと旅人改め 
―松前藩の入国管理―
  はじめに/一 真澄の島渡り事情/二 松前藩の旅人改め(1平秩東作・淡輪元朔・高山彦九郎の場合 2旅人改めの取扱手続き 3出判切手)/三 島渡りする人々─目立つ宗教者─


第四章 馬と牛 
―下北半島を中心に―
  一 遊覧記のなかの馬と牛/二 大間・奥戸の牧/三 牛が多い下北


第五章 桜の生活文化史 
―北国の桜―
  はじめに/一 花を折る/二 花見・野遊び/三 種蒔き桜・田打ち桜/四 桜の名所・名木と桜物語/おわりに


第六章 五月鳥と早乙女花 
―田植の時節―
  はじめに/一 五月鳥─ほととぎす─/二 早乙女花─卯の花・あやめ─/三 田植えの時節



Ⅱ部

第七章 馬・人を襲う熊 
―渡島半島南部の場合―
  はじめに/一 「ししのうるける」─菅江真澄の体験・見聞─/二 野飼いの馬を襲う/三 山里を通行する危険/四 熊撃退の物語/五 熊荒れ対策/おわりに


第八章 春木伐り出しと川流 
―八戸藩島守村を事例に―
  一 近世島守村の概観/二 「春木」について/三 藩の春木御用/四 春木山願いと川通し証文/五 洪水と春木/おわりに


第九章 野火と細毛焼 
―山林防火対策―
  一 「ほそけやく」/二 盛岡藩の山林防火策─「細毛焼切」─ /三 盛岡藩以外での「細毛」および同様の防火法


第十章 湯あみする人々 
―真澄が歩いた温泉の光景―
  はじめに/一 正月を温泉で迎える真澄/二 真澄が湯浴みした温泉/三 温泉の命名・起源譚/四 やまうど(病人)が集う/五 薬師仏・湯の神/六 温泉経営と温泉の多目的利用/おわりに


第十一章 立木(タテキ)の習俗 
―近世の奥州南部の事例から―
  はじめに/一 『邦内貢賦記』(盛岡藩)/二 『福岡御役屋年中行事書上帳』(盛岡藩)/三 『在々御給人知行所出物諸品境書上』(盛岡藩)/四 『遠山家日記』(八戸藩)/五 民俗事例/おわりに

 
第十二章 神仏のいる「林」
  一 八戸藩島守村の神仏風/二 神仏名を冠した林の広がり/三 林から堂舎へ

あとがき 初出一覧 索引



  ◎菊池勇夫
(きくち いさお)……1950年青森県生まれ 現在、一関市博物館館長 宮城学院女子大学名誉教授




  著者の関連書籍
  菊池勇夫著  東北から考える近世史 ―環境・災害・食料、そして東北史像―

  菊池勇夫著  近世北日本の生活世界 ―北に向かう人々―

  菊池勇夫・斎藤善之編  交流と環境(講座 東北の歴史 第四巻)



 
◎おしらせ◎
 『日本歴史』第878号(2021年7月号)に書評が掲載されました。 評者 上田哲司氏

 『民衆史研究』第102号(2022年1月号)に書評が掲載されました。 評者 菅原慶郎氏



ISBN978-4-7924-1470-2 C3021 (2020.6) A5判 上製本 320頁 本体8,000円
   菅江真澄の記述から、北の民衆の生活風景を読み解く
  菊池勇夫  
 歴史学(日本近世史)を学び始めたころより民衆史への志向が強かった。民衆史といっても、どちらかといえば、国家や民族、そして支配や差別といった問題に触発されて、民衆思想史あるいは民衆社会史に主たる関心があった。今でもそのことに変わりないと思うが、菅江真澄の著作との出合いが、民衆的な人びとの習俗・生活文化の領域に目を開かせてくれることとなった。

 『菅江真澄全集』が未来社から第一巻が刊行されたのは一九七一年である。実際に触れたのはそれより数年経ってからであるにしても、研究人生のスタートがその頃であったから不思議な感じがする。研究対象の主な地域が真澄の旅と重なる北日本(北海道・東北)であったので、その記事一つひとつが藩・村町の行政文書とは見えるものが違って新鮮であった。そののち、歴史学というより、民俗学・環境史など近隣分野の研究プロジェクトに誘われ参加する機会のほうが多くなり、真澄を紐解き、事例を集めて考えるということが一つの研究手法になった。真澄はそのたびごとに応えてくれ、本書もそうしてなった一冊ということになる。

 菅江真澄は、東北地方(陸奥・出羽)のうち庄内、由利、秋田、津軽、南部、仙台、そして北海道の松前・蝦夷地(西は太田、東は有珠まで)を、気に入った土地でのしばらくの滞在をはさみながらも、四十年以上にわたって歩き巡った人である。数多くの日記(紀行)、地誌、随筆を著わし、和歌を詠んだ。それは一人でできたことではなく、土地の人々にそれとなく尋ね問い、その語りや案内によって知ることが多かった。民の声を素直に聴くことのできた人だった。喜びも苦しみもある人々の生活風景が立ちあがってくるのは、そうした作品だからだろう。私たちは江戸時代人の肉声をじかに聴くことはできない。しかし、真澄を道案内にして聴き、知ることはできる。その試みがたとえば本書となった。

 清文堂出版の御厚意により、前著『東北から考える近世史―環境・災害・食料、そして東北史像―』(二〇一二年)、『近世北日本の生活世界―北に向かう人々―』(二〇一六年)に続けて三冊目の論集を出すことができた。あわせて読んでいただけるとありがたい。中央と地方、都市と田舎という関係性を帯びながらも、列島社会の地方・地域にはそれぞれの人々の生活風景がある。本書はそれをゆたかに示していく、北日本からの発信ということになる。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。