大塩平八郎書簡の研究 全三冊
相蘇一弘著
■本書の特色
新発見も含め、現在知られる大塩平八郎書簡のすべて一九一通について、全文を翻刻し編年順に排列する。宛先不明や年紀のない書簡については綿密に考証し、その確定に力を注ぐ。翻刻に続いて、全文の読み下し文を添え、難解な語句とくに漢語の多い書簡については語句の註釈を添える。また一般読者にも理解しやすいよう現代語訳を付けるなど著者の親切な配慮が随所に窺える。圧巻はその解説にある。それぞれの書簡について、宛先・年紀を確定する緻密な考証、傍証史料の援用などの手法は、さながら秀逸な推理小説が持つ迫力と緊迫感がただよう。大塩平八郎にまつわる妄説や毀誉褒貶を科学的な論証で排除し、その人物像のありのままを再現し彼の思索と行動の真実を明らかにする。


ISBN4-7924-0545-9 (2003.10) A5 判 上製本 総1320頁 揃本体28,000円
■本書の構成
大塩平八郎書簡(翻刻 読み下し 語句註現代語訳 解説)
大塩政之丞書簡
大塩格之助書簡
解題
大塩平八郎年譜
索引


大塩研究の新展開
大阪歴史博物館館長 大阪大学名誉教授 脇田 修
 本書は、大塩平八郎書簡一九一通、また政之丞・格之助の書簡を含めて編集し、原文・読み下し文・現代語訳に解説を付したものであるが、広く大塩の書簡が集められており、解説も行き届いていて、すぐれた史料集である。通覧したが、興味ある内容で、大塩の心情まで伝わり、私自身、従来抱いていた彼のイメージとはいささか異なる感をうけたほどであった。大塩については、岡本良一・宮城公子らの研究があり、大塩研究会による『大塩研究』なども刊行されているが、本書はその新たな展開の起爆剤となるものであろう。
よみがえる大塩の真像
三重大学名誉教授 大塩事件研究会会長 酒井 一
 一九七六年大阪市立博物館(当時)は公的機関として初めて大塩平八郎展を開催し、衆目を集めた。有名な大塩の乱から百三十九年目のことである。この担当者が入館間もない相蘇一弘氏で、その折に示した優れた学識が爾来大塩研究、とりわけ書簡に集中され、ここにみごとな大冊となってまとめられた。実に画期的な業績である。
 大塩をめぐっては大塩びいきと「百毀千謗」とが入りまじっているが、何よりも確実な史料と科学的な分析の裏づけが必要である。すでに裁判記録「大塩平八郎一件吟味書」や乱直前に江戸へ発信した「建議書」が知られるが、これらを読み解くには、その生の姿を示す書簡がもっとも有効な史料である。しかし大塩のそれは多くは秘匿されて所々に散在し、また難解・無年紀であるためその調査研究は至難のわざである。
 大阪の博物館に相蘇氏を得たことにより、ここを情報センターとして四半世紀を超える同氏の努力が大きくみのったことになる。大塩自身の書簡を中心に祖父・養子の分を加えて二一〇通が年代順・宛先別に整理された。八十人に近い宛名に大塩の公私にわたる広い交流が判明するが、かれの著作や公的記録をよみこむには、この書簡類が重要な鍵を握っている。
 相蘇氏は、この煩繁な作業に鋭意力を注ぎ、心情的理解や妄説を排し、先人の研究を検討し、「浪華御役録」「実録彙編」など多くの関連史料を援用し、交流した人物を詳述して、大塩の人生の節々をよみがえらせた。うれしいことに原文の翻刻・読み下しに加えて、語句の註釈と長文の解説を加え、解説をひろいよみするだけでも、乱にいたる大塩の生きざまがじかに伝わってくる。
 大塩阿波出生説、江戸召命猟官説なども客観的な考証によって的確に批判される。この書簡集によって、大塩研究は、近世大坂から幕政にひろがりをみせて大輪の花を咲かせたことになる。よろこびに堪えない。
大塩の思索と行動を解明する
東京大学文学部教授 藤田 覚
 大塩平八郎の書状一九一通が、原本の所在は不明だが幸田成友『大塩平八郎』、石崎東国『洗心洞尺牘集』などに収められたもの、古書展の図録、大阪歴史博物館に収蔵されたり、ごく最近発見された個人蔵のものまで博捜して収録されている。書状の年代確定は大変に難しいものだが、ほぼすべての書状の年代を推定し、断片的ではなく可能な限り蒐集された大塩生涯の書状を、年をおって読むことができる。
 儒学者の文章は難解なうえに、大塩には独特の用語や語法も多いので、正確な読解は困難をきわめる作業である。ところが本書には、釈文のみならず、読み下しや用語解説と現代語訳がつけられており、さらに、それ自体が研究論文といってよい行き届いた解説がなされている。これにより、読めたところを恣意的につかったり、安易な解釈による従来の誤謬が随所に正されている。
 書状を読むと、病に苦しむ大塩、それとは対照的な健脚ぶりや思い込むと尋常とは思えない行動に走る大塩、借金の言い訳をする大塩、学問的な論争への強い意思と苦悩を表白する大塩、天体を観測し天文を読む大塩、大坂町奉行所与力と天下国家とのあまりに遠い距離に絶望する大塩などなど、生身の人間としての大塩の息づかいや血の流れる音が伝わってくる。とかく大塩の三大功績や陽明学者としての高名に目を奪われるが、しかしそれゆえに辞職せざるをえなくなったり、苦しい立場にも追い込まれたことに気づかされる。
 天保飢饉の深刻化とともに天下国家の危機感を強め、しだいに挙兵へと至る心の軌跡、葛藤が、書状を読む者をはらはらさせながら伝わってくる。そして、挙兵の意図と大塩建議書および檄文が、『大学』卒章との関係で解き明かされ、クライマックスを迎える。
 本書は、大塩研究に心血を注がれた相蘇一弘氏の追随を許さない一大功績であり、大塩への温かく時に厳しい眼差しで生身の姿で蘇らせ、大塩研究を飛躍的に高めた。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。