近世の領主支配と村落
松本寿三郎著


本書の最大の特色は、検地・年貢・村請制、知行制、村・中間行政区域・大庄屋制など、近世史の根本テーマを、近世全般期を通じて実態を解明しているところにある。特筆すべきは、検地についての長期系統的解明や、形骸化しながらも地方知行制が存続したことを村落の側から明らかにした点にある。関係史料の博捜に基づく実態的で長期にわたる研究成果は信頼するに足る。



ISBN4-7924-0555-6 (2004.7) A5 判 上製本 436頁 本体9800円
■本書の構成

第一部 検地と石高

第一章 肥後国検地帳の再検討(一)―天正一七年検地帳をめぐって―
第二章 肥後国検地帳の再検討(二)―「慶長国絵図」と慶長期の村高―
附 論 「無屋敷登録人」について
第三章 近世初頭の村落把握についての覚書
第四章 寛永「地撫」について
第五章 宝暦「地引合」について
第六章 肥後藩の石高と村高

第二部 知行制と村落

第一章 近世細川家における「御書出」の交付
第二章 藩制下の知行制と鬮取
第三章 "擬制的"知行制の成立
第四章 肥後藩における御赦免開
第五章 八ヶ所地筒と御家中地筒

第三部 農村の制度と社会

第一章 初期藩領における「手永」の成立
第二章 村寄合の性格と機能
附 論 庄屋堅〆誓詞を通してみた肥後藩政
第三章 肥後藩農村における名子―肥後国合志郡大津町斉藤家名子を中心として―
第四章 近世後期の質地と地方出入
あとがき




 著書の関連書籍
 三宅家史料刊行会編 明智一族 三宅家の史料



熊本藩を深い所から照射する意義深い論文集
東京大学史料編纂所教授 山本博文
 松本寿三郎先生は、長年熊本大学にあって、熊本藩の研究に従事してこられた。先生は、熊本県下に散在する惣庄屋や会所役人・庄屋史料などの分析から研究を始められ、熊本大学附属図書館に寄託された細川家史料や八代市立博物館未来の森ミュージアムなどに寄託されている松井家史料の整理に中心的な役割を果たし、その研究の幅を広げてこられた。
 本書『近世の領主支配と村落』第一部の「検地と石高」では、熊本藩の検地帳の分析がなされるが、その記載を単に数量的に分析するだけではなく、その数値の性格に留意することによって、熊本藩の石高、村高といったものの実体が明らかになっている。
 第二部の「知行制と村落」では、熊本藩の地方知行制に焦点を置き、「俵取」「擬作」「寸志」などの熊本藩独特の知行制を分析する。これによって、地方知行制は、直所務こそ行われないが、大豆直払、夫仕、乗馬飼料徴収などの権利が存続することなどを明らかにされている。地方知行制が主要な部分で形骸化しながらもなお残されることは、江戸時代の武士を考える上で重要な論点である。これは、それを許す藩当局も含めた武士の理念を推測させ、武士道思想が「領主」としての武士に裏付けられたものだったことを示してくれる。
 第三部の「農村の制度と社会」では、熊本藩独特の地方支配制度である「手永」が土豪的武士に妥協しながら地方支配機構として利用されたものであること、名子と呼ばれる農民が、名子主に隷属しながら藩の郡方には本百姓なみに取り扱われたことなどを明らかにしている。また、熊本藩の在方支配に享保・元文・宝暦と三つの転機があったことなど、長い期間を対象とした史料分析なくしてはなしえない指摘もされている。
 私も、細川家史料を幕藩関係分析の研究素材の一つとしており、松本先生の仕事には多くの学恩を受けている。しかし、東京にあっては、とうてい先生のように深い所から熊本藩を照射する研究は望むべくもない。膨大な細川家史料のすみずみまでを知り尽くすとともに、県下の地方史料を数多く分析する必要があるからである。このような研究が一書にまとめられて刊行されることは、熊本藩研究のみならず近世史研究全体においても少なからぬ意義を持つ。伝統的な藩政史、村落史はもとより、近年の政治史、社会史などを専攻する多くの近世史研究者にお勧めする次第である。
領主権力と村落の長期系統的研究
熊本大学文学部教授 吉村豊雄
 著者の松本寿三郎氏は、長年にわたって熊本県下農村をくまなく歩き、地元の方々の信頼を得ながら散逸しつつあった地方史料を収集し、近世農村に関する実態研究を積み上げてこられた。同時に高等学校教諭から熊本大学に迎えられたことで、寄託されている「永青文庫」(細川家文書)を利用するうえで多大な便宜が与えられ、松本氏の研究は、藩制・藩権力や個別家臣 (給人)による領主支配と、これと対応・対峙する農村との関係解明に重点を移されている。本書の題目もそうした研究関心に基づくものと推察する。
 松本氏は、「近世の領主支配と村落」を集約する主題として、検地・村請制、知行制、村制度(村・手永)を考え、これらの研究主題に関して、近世期を通じて長期的に実態解明することに努められている。すなわち、本書の最大の特色は、検地・年貢・村請制、知行制、村・中間行政区域・大庄屋制など、近世史の根本テーマを、近世全般期を通して実態解明していることにある。特筆すべきは、検地についての長期系統的解明である。検地といえば、一般的に初期検地に関心と研究成果は集中しているが、松本氏は、天正末年に始まる初期検地についても、段階と系統性を明らかにし、慶長期、寛永期、宝暦―天明期、文化・文政―天保期を中心に、諸段階の近世検地の長期系統性を実態的に描き出している。そして近世検地の長期系統性の根幹として強く意識されているのが、村落と領主権力との契約的側面の重視、村落の村請を基盤にした検地という点である。天正末年の検地結果が幕末まで継承されつつ、領主権力は継起的に検地を行っている、それは何故か、どうして継起的検地がスムーズに全藩実施されたのか。そこに近世検地の基本特質、村落の請負・契約能力を想定し、むしろ村落側に領主検地を可能にする主体性を見出している。こうした近世検地と村落の長期系統的研究は、斯界で共有されるべき研究成果である。
 松本氏のこうした研究姿勢は知行制についても生かされ、地方知行制の基本動向が「形骸化」に向かいつつ、給人と百姓との関係が近世期を通じて存続したことを、村落の側から描きだしている。
 正直言って、本書に収められた松本氏の諸論文は、執筆当時の学界動向を強く意識したものではない。それだけに、関係史料の博捜に基づく柔軟かつ実態的で、長期系統的な研究成果は信頼に足る。いま改めて読み返してみると、松本氏の問題関心は新鮮であり、成果は先駆的でさえある。本書を広く斯界に推薦する所以である。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。