熊野信仰史研究と庶民信仰史論
豊島 修著


本書の構成
  序 章
第一篇 熊野信仰史研究の諸問題
 T 熊野信仰史と熊野本願比丘尼
   第一章 熊野三山信仰史と課題/第二章 熊野三山の神仏習合と熊野信仰/第三章 熊野三山の庵主・本願寺院と願職比丘尼―新宮神倉本願妙心寺文書の検討―
U 熊野の修験道文学と近世の熊野信仰
  第四章 熊野三山の修験道縁起と信仰伝承/第五章 氏神熊野神社と近世熊野信仰―攝津国尼崎の熊野神社を事例として―/補論 中世北嶺修験の蓮華会と験競べ―「太鼓乗り」行事の検討―

第二篇 庶民信仰史論
 T 庶民信仰の諸相
   第七章 聖徳太子信仰の発生と展開/第八章 摂津地域の霊場寺院と庶民信仰―鉢多羅山若王寺釈迦院の厄神信仰―/第九章 都市大阪の薬師信仰について/第一〇章 七福神信仰の歴史と庶民信仰/第一一章 稲荷信仰と福神―畿内地域を中心に―/第一二章 昔話研究と霊物変化談
 U 近世村落寺院の年中行事と庶民信仰
   第一三章 近世但馬の真言宗寺院と年中行事―美含郡竹野谷村を例として―/第一四章 近世和州村落寺院の宗教行事―坂合部郷念仏寺の修正会について―
  結 章 ―今後にむけて―




 著者の関連書籍
 熊野本願文書研究会編著 熊野本願所史料

 豊島 修・木場明志編 寺社造営勧進 本願職の研究



ISBN4-7924-0576-9 (2005.4) A5 判 上製本 370頁 本体7800円
日本人の宗教と信仰生活への歴史的根底的な問いかけ
京都大学名誉教授 大山喬平
 著者は聖地熊野の信仰と日本における庶民信仰の二つを主題にしている。この二つの信仰の態様を追うことによって、さまざまな宗派を越えた日本庶民の精神と宗教の展開が真に明らかになるというのが著者の立場である。熊野において典型的に現出した修験道と、古代に胚胎し中世以来、あらゆる宗派のなかに取り込まれ、庶民に広まっていった聖徳太子信仰の二つが、日本人の精神生活の基底をなしたと著者はみている。
 紀伊熊野の地は、生と死ならびに死からのよみがえりの地であった。そこは古代以来、山と海を介して他界=浄土に通じており、厳しい山岳修行と海辺(辺路)をめぐる修行の場であった。院政期以来の上皇・貴族のはなやかな熊野詣で、中世武士と裕福な庶民の支持のうらにも、広範な庶民信仰の存在したことを著者は想定する。近世になれば一般庶民層にひろく行き渡っていた様相がさらに明らかである。修験の信仰は広く深く社会に浸透していた。仏教諸派ばかりか、日本の陰陽道・道教など外来の諸宗派を下から支えつづけたのが、古代以来のさまざまな形の修験の道であった。
 死後、霊魂となって海の彼方、山の彼方へ往くというのが日本人の根源的な他界観であった。その霊魂は子孫が行う供養によって滅罪・浄化されて昇華する。中世以来盛行した聖徳太子信仰は自他の滅罪による浄土への信仰と死者追福の信仰に他ならなかった。著書の第二の主題である。最澄の天台を介して親鸞に受けつがれた太子への信仰は、真宗とともに庶民にひろく行き渡った。薬師信仰、福神信仰、さらには稲荷や厄神信仰など、除厄攘災・家内安全を願う都市を中心とした近世庶民の現世利益信仰への言及にも、日本社会の基底にある庶民への著者の眼差しが見える。
 著者は宗教民俗学の手法によって、文学や美術への目配りとともに、右の事実を丹念に掘り起こしている。日本人の宗教と信仰生活についての根底的な問いかけが、著者の個別の研究を軸にして、ここに展開されている。
熊野と庶民信仰を知るための好著
慶応義塾大学名誉教授 宮家 準
 今般長年にわたって熊野信仰、庶民信仰の調査研究をしてこられた知友の豊島修氏が、『熊野信仰史研究と庶民信仰史論』と題する書物を刊行されることになった。氏は五来重先生の指導のもとで熊野、笠置、岡山の後山・護法祭などを精力的に調査研究を続けられ、すでに『熊野信仰と修験道』(名著出版 一九九〇)、『死の国・熊野―日本人の聖地信仰』(講談社現代叢書 一九九二)などを出版されている。本書はその後発表された熊野信仰と庶民信仰に関する十四の論文に序章と結章を付し、これにあわせて諸論文も改訂してまとめられたものである。
 著者は本書の目的は日本人の宗教と信仰のあり方を歴史民俗学的に考察して、日本人の精神史を構築することにあるとし、その為に海洋宗教、熊野三山信仰、畿内の庶民信仰をとりあげるとする。日本人の他界観は海と山を中軸とし、畿内は古来庶民が多様な信仰をもとに躍動的に生活した処である、それ故これらの主題は本書の課題に適している。
 その内容は上記の意図を明示した序章と第一篇「熊野信仰史研究の諸問題」、第二篇「庶民信仰史論」から成っている。第一篇では熊野信仰史には宗教史的研究と文化史的研究の二つがあるとする。そして歴史的研究については熊野三山の概説のうえで、特に熊野信仰の唱導に重要な役割をはたした本願所の文書を詳細に検討している。ちなみにこの研究は著者が鈴木昭英氏らとまとめられた『熊野本願所史料』(清文堂出版 二〇〇三)にもとづいている。ついで文化史的研究として本願所に依拠した熊野比丘尼が用いた縁起や曼荼羅を検討する。そしてさらに熊野信仰が地域に定着した経緯を尼崎の熊野神社の事例で示している。第二篇では、庶民信仰の中心をなす年中行事、聖徳太子信仰、厄神、薬師、七福神、変化譚などを、主として畿内各地の事例をもとに論述している。
 こうしたことから、本書が多くの人々に読まれることによって日本人の宗教に関する理解がより一層進むことを期待したい。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。