近世の経済発展と地方社会
〜芸備地方の都市と農村〜
中山富広著

近世日本を「経済社会」の観点から解明

■本書の構成
はしがき
序論 本書の課題
第一章 近世瀬戸内海域の経済発展と民力
第一節 「泰平」と「開発」の時代
第二節 「経済社会」化と地域社会の変化
第三節 地域商業資本家の社会・経済活動

第二章 「経済社会」化と芸備農村
第一節 開拓・開墾の数量的考察
第二節 沿岸部農村における「経済社会」〜安芸国賀茂郡広村を中心として〜
補論 恵蘇郡中門田村の「下札通帳」と「田方下見帳」

第三章 在郷町・府中市における地域商業資本家の存在形態
第一節 在郷町・府中市における豪商の形成と発展過程
第二節 地域金融資本の存在形態
第三節 近世後期における商人地主の存在形態

第四章 「経済社会」化と都市商業資本
第一節 尾道における商業形態と問屋制
第二節 伝統的職人集団と「経済社会」
第三節 幕末維新期の尾道における藩権力と民間資本

結論〜要約と残された課題〜



ISBN4-7924-0591-2 C3021 (2005.6) A5 判 上製本 390頁 本体8500円
近世は「封建社会」である以前に「経済社会」であった
広島大学大学院教育学研究科教授 中山富広
…もちろんこうした経済社会化を近代化と考えることは短絡的であるが、逆に封建的な強力をもって幕府や藩権力が民間の社会や経済を完全に掌握できていたと考えることもまた同様に短絡的であると思われる。
 一九世紀初頭に日本の社会状態を観察した武陽隠士は、次のように述べている。
  近来風俗転変し、奢侈超過し、上下その分限の程を失い、花麗日々に増し、月々に盛んになりて、(中略)財利は本となり、義理は末になり、四民高下の差別もあって無きが如く、尊卑は貧と福に定まり、貴賎の順序相違したる事、言語道断なり
 ここには「財利を本」とし「貧と福」の価値観が中核たる社会、すなわち経済社会の一端が活写されているといえよう。このように江戸時代が経済社会化した時代であるとした場合、領主権力を相対化するような民間社会の活力(民力、その富である「民富」)がすでに社会全般に形成されており、その様相を明らかにすることは江戸時代の歴史的位置を考察するうえでも一つの有効な方法になりうると思われる。
 そこで本研究では、この経済社会という用語を念頭において、以下のような点を問題意識としつつ、芸備地方の都市と農村の経済社会化の一端を明らかにしていきたい。その問題意識とは、藩権力がおこなった専売制や経済統制で民間の富(正金銀)を吸い上げることはできなかったのではないかということ、したがって江戸時代後期の瀬戸内地域においては、諸藩の庫では正金銀が払底し、逆に民間社会には豊富な富が形成されており、その民富が近代への移行を根底から支えることになったのではないかという点である。明治時代の近代化の成功を江戸時代の経済や社会の成熟に求める見解は古くからあるが、本研究もそうした見解を継承しようとしていることを否定するものではない。        (序論「本書の課題」より抜粋)
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。