■都市のフィクション | |||||
―知の対流T― | |||||
芝原宏治 スティーヴン・ドッド編 |
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本書の構成 第T部 フィクションと都市空間 一 あいまいな都市 ―梶井基次郎の作品における自己と他者― スティーヴン・ドッド(Stephen Dodd) シェイクスピアとロンドン ―エリザベス朝演劇とリバティ― 杉井正史 ジュール・ヴェルヌにおける空想の都市 中島廣子 第U部 フィクションと都市空間 二 河竹黙阿弥と明治歌舞伎の犯罪地理 アラン・カミングス(Alan Cummings) 『荒地』における非現実の都市 ―教会の取り壊しと郊外の発展― 出口菜摘 前近代日本の都市文化と異界 ニコル・クリー(Nicole Klie) 実現されたユートピア ―一九五〇年代以後の都市とウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』― 竹下幸男 第V部 フィクションと時代思潮 一 『女殺油地獄』のドラマ 湯浅雅子 江戸中後期における三都間の歌壇の対立 ユーディット・アロカイ(Judit Arokay) 紀海音の俳諧 名和久仁子 都市とモダニズム ―大阪と阪神間を中心に― 三上雅子 第W部 フィクションと時代思潮 二 新中国における表現の模索 ―張天翼『宝のひょうたんの秘密』をめぐって― 鈴木康予 説経の都市芸能化 劉 慶 十八世紀の都市に生じた異界としてのフリーメイソン ―シュレーダーのフリーメイソン喜劇をめぐって― 北原 博 都市とニュージーランド文学の生長 ―ジャネット・フレイムの「ギブソン先生と物置小屋」― イアン・リチャーズ/山崎弘行訳 第X部 フィクションの働き 補助線としてのフィクション 芝原宏治 スティーヴン・ドッド * * * The City and the Growth of New Zealand Fiction: Janet Frame’s ‘Miss Gibson and the Lumber Room’ Ian Richards シリーズ知の対流 全三巻 編者 芝原宏治 スティーヴン・ドッド 山崎弘行 高梨友宏 芸術作品に描かれる都市と都市民の希望を読む 定価 本体4、600円+税 U 都市と故郷のフィクション 芝原宏治 林 嵐娟 梁 淑a 句読点は単なる補助符号ではない 今は、そこから人が読まれ、文化が読まれている 定価 本体4、800円+税 V 日中韓英の句読法と言語表現 |
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ISBN4-7924-0611-0 C3390 | (2006.7) | A5 判 | 上製本 | 280頁 | 本体3800円 |
『都市のフィクション』(シリーズ「知の対流」第一巻)の刊行にあたって | |||||
芝 原 宏 治 | |||||
スティーヴン・ドッド | |||||
フィクションが存在しない文化というものは考えられない。ドラマ(戯曲)が抜け落ちたイギリス文化や物語がなくなった日本文化を想像しようと思うだけで、私たちは名状しがたい不安に襲われる。ゲーテの足跡が消え失せたドイツ文化史を想像することができないのも、ワイマールの宰相であったゲーテ以上に、数々の名作を書き遺した人物としてのゲーテが、私たちの心の中に大きな位置を占めているからであろう。フィクションの比重は、それほどに大きいのである。本書第X部において語られる広い意味でのフィクションなら、なおさらそうであろう。文化に加えて都市文化というものを考えても、思うことは同じである。 本書編集者の一人であるドッドは、かなり前から、カタージナ・ゼチェンター博士と協同して、ロンドン大学SOAS(東洋アフリカ学院)において「都市と文学」という課題を追求していた。「都市とフィクション」というテーマを温めていた芝原がSOASのガーストル教授を介してドッドに会ったのは二〇〇二年の冬である。本書は、互いの関心事がつながらなければ出会うことのなかった両名が、数多くの研究者と、ロンドン大学およびハンブルク大学の協力を得て行うことができた知的共同作業の、三年目にして得られた大きな成果である。 なお、四度に及んだドッドおよびゼチェンター企画の大規模なワークショップ「都市と文学」(The City and Literature) の第四回大会は、二〇〇五年五月にSOASで実施された。その模様は、他の3回のそれと併せて、インターネットを通して公開されている。本書『都市のフィクション』の相互リンク先として「都市と文学」のサイト <http://www.soas.ac.uk/Literatures/Projects/City/city.html> を訪問していただければ幸いである。 |