■源氏世界の文学 | |||||
安達敬子著 | |||||
■本書の構成 はじめに 一 揺籃と桎梏―物語 後継者の蹉跌―狭衣大将 擬作のこころみ―『巣守』論 源氏物語という拘束―『苔の衣』・『木幡の時雨』の場合 室町期の物語的教養―『中宮物語』の世界 二 古典化と転生―梗概書と連歌 規範としての中世源氏評論書―『無名草子』と後代 啓蒙と注釈―『伊勢源氏十二番女合』の成立基盤 ※ ※ 源氏詞の形成―源氏寄合以前 室町期源氏享受一面―源氏寄合の機能 室町連歌における原典の受容 ―「源氏詞連歌」二種 三 源氏の残照―御伽草子 六条御息所異聞―人物像の変転 『猿源氏草紙』の方法―古典のよみかえ 『文正草子』の成り上がり―明石の物語の射程 『別本ふんせう』の構造―神話への回帰 引用作品本文一覧 あとがき(初出一覧含む) 安達敬子……1959年 徳島県生れ 1987年 京都大学大学院文学研究科(国語学国文学専攻)博士後期課程単位取得退学 京都大学助手を経て 1991年 京都府立大学女子短期大学講師 1997年 京都府立大学文学部助教授 |
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ISBN4-7924-1389-3 | (2005.3) | A5 判 | 上製本 | 430頁 | 本体8500円 |
「紫」の流れ | |||||
甲子園大学教授 京都大学名誉教授 安田 章 |
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阿波の水門よりも猶おくつかたに生ひいでたる人、いかに思ひはじめける事にか――二十年を越える、安達敬子さんの研究生活の里程標とも言うべき研究書『源氏世界の文学』が、このたび、公刊されるに至りましたことは、斯学のため、まことに慶賀に堪えません。 年寄の昔話が許されるなら、私が京都大学に戻った昭和四十六年以降、四半世紀に亙る教官時代に、研究室における縁の下の力持ち、その実は研究室の主(ぬし)である助手、十人の方々に「仕え」て来ましたが、その研究室での生活を一番長く共にした助手は安達さんでした。京都大学の助手は、講義を持ち、雑用も結構ある反面、豊富な蔵書と優秀な学生、特に大学院生に囲まれての研究生活の中で、新進の研究者からスタートし、何年か後には押しも押されぬ第一線の研究者として巣立って行ったものです。一方、助手と接触する教官の立場からすれば、彼らの成長過程を目の当たりにするだけでなく、日常的な会話の中から、彼らの専攻領域における研究の動向とか新しい方法とかを摂取し得るという恵まれた環境にあったわけです。助手時代の四年間に、卒業論文「「紫」の流れと源氏物語」以後の、安達さんの源氏物語研究のデッサンも描き上げられていたと、私は見て取っていました。 三部から成っている『源氏世界の文学』の中で、分量的にも、そして、こんなことを書いたら安達さん叱られるかもしれないけれども熱量的にも、中核的位置を占めるのは第二部「古典化と転生」、ちょうど助手時代を中心として研究室からの雑誌『国語国文』に発表した、みずみずしい学的情熱が迸っている、私にとっても懐かしい論文四編を中心に構成されています。三部それぞれに副題が付されていて、第二部のそれは「梗概書と連歌」とあるとおり、中世人が受け止めたであろう『源氏物語』と、受け止めた結果とを、中世人が自らの文学的営為としての連歌にどのように表現しようとしたか、実作に即して解き明かそうとした意欲的な研究でした。「梗概書」と「連歌」と、それぞれの分野の研究書に導かれて一通りの知識は持てるでしょうけれども、両者をどのように絡め立体化するか――、前者と後者とを連繋するものとしての「源氏詞」の意義を説き、更に、それを軸にした連歌の実作を読み込むことによって、百韻の中に構築されていた、安達さんの謂う「源氏世界」に迫る実証的な研究は、安達さんによって創られたと言ってもよいでしょう。全貌究めるに甚だ広く、明らめるに頗る遠い中世における『源氏物語』の世界を切り拓いてゆくための、安達さんの、中世という時代に即した手法を第二部から学び取らなければなりますまい。 書名の「源氏世界の文学」とは、「源氏物語」という概念を母胎として生まれた文学を指すということです。第一部の副題の「物語」、第三部の副題の「御伽草子」に展開されているそれぞれの「源氏世界」が明示される時、安達さんが「あえて」使った「源氏世界」ということばは、他のことば、例えば「源氏的なる世界」に取り替えるわけにはゆかない、「源氏世界」でしかあり得ないことばであることを、この書を読む人は実感するに違いありません。この『源氏世界の文学』によって、「源氏世界」ということばが、「安達敬子」の名前と共に国文学界に近い将来必ずや定着することを期待して、特に中古・中世の、国文学研究を重視する研究者に一読をお薦めしたいと思います。(十七・〇一・〇七) |