近世の家族と女性
善事褒賞の研究
妻鹿淳子著


介護・相続・男女の関係……江戸時代はどうであったか。
家族の問題と女性たちの姿を「善事褒賞」からあきらかにする。



本書の構成

はじめに

T部 近世の善事褒賞制度

第一章 岡山藩政前期の孝子褒賞について
第二章 『官刻孝義録』の編纂と岡山藩
第三章 他藩の孝子伝と『官刻孝義録』編纂
第四章 岡山藩政後期と岡山県にみる孝子褒賞


U部 善事褒賞から見た家族・女性

第一章 褒賞事例の全般的傾向
第二章 近世前期の褒賞―天和・貞享期を中心に―
第三章 近世後期の褒賞―文化・文政期を中心に―
第四章 家族と女性

おわりに
 索引



  妻鹿淳子(めが あつこ)……1943年岡山県生まれ 岡山地方史研究会会長




 著者の関連書籍
 妻鹿淳子編 伊東万喜書簡集



ISBN978-4-7924-0649-3 C3021 (2008.4) A5 判 上製本 288頁 本体5800円
新しい近世女性史像を提起した労作 
石川県立歴史博物館長・滋賀県立大学名誉教授 脇田晴子  
 本書は、社会的な規範と具体的な生活実態との間の軋轢に眼を向け、家族や労働のあり方のなかにある男と女の関係史から、女の位置を考えた力作である。
 素材は、藩政初期から明治四年まで残る希有な史料である岡山藩の善事褒賞記録を中心に、さらに「孝子伝」『官刻孝義録』などを書誌学的に位置づけ史料の性格を分析したものであり、他藩との比較や褒賞と藩政との関わりにも目配りが効いている。
 その上で庶民の生活実態の諸相を描き、時代が下るほど「孝」徳目への集中を指摘するが、そこから介護と労働の問題、それについての男女の係わり方、婚姻と「孝」徳目との相剋、家の継承と女の働き等を焦点として女性の生活実態を解明している。
 このように本書の面白さは、褒賞制度という固い素材を分析し、イデオロギーが生活実態との間で、どのように機能して庶民の生活に影響や軋轢を与えているかを考えている点にある。褒賞制度を近世社会に固有で必要な政策であり、近世前期から小農民家族経営を成り立たせていくための近世社会の原理に焦点を据えた政策であったと喝破する。それは、褒賞制度から見えてきた「夫婦かけむかい」の男女の関係と、他方、制度としての男中心の家社会が存在して、その矛盾が存在することに歴史の進展を見る所説は圧巻である。新しい近世女性史像を提起した労作と言えよう。
 
合わせ鏡のなかの女たち
岡山大学文学部教授 倉地克直   
 本書の目的は、岡山藩の善事褒賞記録を使って近世の家族と女性の生活実態を描き出すことである。ただし妻鹿さんは、その目的に向かって走り出したい気持ちを抑えるかのように、関係資料一点一点について書誌学的検討を加えることから作業を始める。これは実証的な歴史学には不可欠な作業なのだが、それを通じて岡山藩における褒賞制度の仕組みとその変遷が明らかにされる。近世期全般を通じた善事褒賞制度の解明は、他藩でも研究例がなく画期的である。あわせて徳川幕府による『官刻孝義録』の編纂過程が幕府と藩との遣り取りをつうじて復元される。ここでは他藩の事例も比較検討され、幕府の政策意図や『官刻孝義録』の性格がより鮮明になっている。
 本書の後半では、着実な史料検討の篩にかけられた事例が、コンピュータを駆使して統計処理される。取り上げられた事例は一七四八件。近世の全期間にわたる多数の事例と内容の豊富さが分析を支える。褒賞徳目の動向から、家族や女性の実態の変化が明らかにされる。その際にも褒賞記録に安易に依拠せず、宗門改帳や藩法の分析などとからめながら慎重に検討している。妻鹿さんは既に『犯科帳のなかの女たち』という著書で近世のたくましい女性像を描き出していたが、今回の褒賞記録に見る女性像を合わせ鏡にすることによって、近世の女性像はより陰影の深いものとなった。
 近世史はもとより、広く女性史や民衆史に興味を持たれる多くの方にご一読をお薦めしたい。
 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。