■近世武士の「公」と「私」 | |||||
仙台藩士玉蟲十蔵のキャリアと挫折 | |||||
J・F・モリス著 | |||||
知行高150石の仙台藩士・玉蟲十蔵尚茂の日記を取り上げ、彼の武士としてのキャリアと挫折を通して、近世武士の「公」と「私」の問題と、そこからみえる近世の政治と社会のあり方を論じる。 本書の構成 序章 仙台藩士玉蟲十蔵尚茂の一生と近世日本における政治と社会 始めに 主人公の紹介/本書の内容 玉蟲十蔵と近世の藩政と武家社会/舞台の背景 仙台藩の特徴 第一章 一八世紀末仙台藩士の役職と藩政改革 玉蟲十蔵尚茂の場合 はじめに/玉蟲十蔵にかかわる史料について/玉蟲家と十蔵の生涯 江戸勤番・借金・多重出仕と武士の「家」/玉蟲十蔵の政治思想と改革案(「仁政篇」・「尚風録」の成立・玉蟲十蔵の政治思想 近世と近代の狭間にて・三人三様の改革論・献策行為の意味 「近来御家中存寄指出候者数多御座候」)/玉蟲十蔵の政治実践と仙台藩寛政の改革 理想と現実の相克(仙台藩の寛政改革と先行研究・仙台藩の政策決定過程 玉蟲十蔵町奉行仮役時代・仙台藩寛政改革の展開と郡奉行玉蟲十蔵・改革の終焉と玉蟲十蔵の抵抗)/エピローグ 「藩民国家」論を再び/結語 玉蟲十蔵の一生と一八世紀後半仙台藩における官僚組織と役人(役人の倫理と勤務・俸禄取り家臣と仙台藩における支配機構の「特質」・出世する役職・出世しない役職・藩主中心政治の破綻と新秩序の模索) 第二章 仙台藩士玉蟲十蔵の財政構造と生活基盤 領主制・官僚制論を越えて はじめに/玉蟲十蔵の収入構造(仙台での直販売、江戸での委託販売 父七左衛門の明和年代の財政・したたかに債務者に転落 天明飢饉直前・正規収入無き時代を生き抜く 天明の飢饉後・嫡男の江戸番と借金地獄の再来 十蔵の晩年・臨時収入としての役得 「奴」身請金・小括 一八世紀末玉蟲家財政構造の転換 財政的主体性の喪失と武士貧困の問題)/役職に伴うコスト(役職は命懸け・役人の自宅の役割・役人に課せられた体面と饗応・賄いの負担・小括 勤役のコスト)/玉蟲十蔵の知行地支配(当主がなぜ知行地支配に関わらなかったか・給人支配の実態 天明一年柴田郡大谷村知行所の用水路新設事件を中心に・安定的な支配のために 給人支配と儀礼・小括 給人玉蟲十蔵の知行地支配)/「公」と「私」が未分離の近世武士 第三章 仙台藩士玉蟲十蔵の奉公人 はじめに/各種奉公人の雇用と解雇(玉蟲家の下級武士 「家来」・「徒之者」・玉蟲家仲間の二つの形態 「仲間」と「夫金上御貸人」・玉蟲家に仕えた女性たち 「下女」・異色の奉公人 「宿守」・姿のみえない奉公人 実沢・根白石村の「家中」・小括 近世後期仙台城下における武家奉公人市場の特質)/奉公人の役割と管理(「家来」の役割・奉公人の管理 その一 規律と法・奉公人の管理 その二 宗門改・奉公人の役割 行列・小括 近世後期における武家奉公人の役割と管理)/終わりに 終章 近世武士の「公」と「私」 仙台藩士玉蟲十蔵のキャリアと挫折 一八世紀末仙台藩士の役職と藩政改革/仙台藩士玉蟲十蔵の財政構造と生活基盤/仙台藩士玉蟲十蔵の奉公人/玉蟲十蔵のキャリアと挫折 転換期幕藩制社会への視座 著者の関連書籍 J・F・モリス著 近世日本知行制の研究 安達宏昭・河西晃祐編 争いと人の移動(講座 東北の歴史 第一巻) |
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ISBN978-4-7924-0689-9 C3021 (2009.10) A5判 上製本 352頁 本体8100円 | |||||
総合史としての近世武士論 | |||||
九州大学比較社会文化研究院教授 高野信治 | |||||
武士道書から編み出されてきた武士像やサラリーマンに仮託した武士像などのステレオタイプ的な見方に対し、近年は、武士が属した組織(幕府・藩など)の検証や武士自身が書き記した日記・記録の丹念な分析などを通し、近世武士の実像が様々に示されるようになっている。知行制研究で夙に知られるモリスさんがこの度ものにした本書は、このような新しい武士論研究を意識し、近世武士の実態を探ろうとする。最近では、武士たちの記録に基づき、興味深い啓蒙書の出版も相次ぐが、本書が意図するのは、現代人が共感あるいは驚くようなトピック的事例の紹介ではない。その理由を、分析対象である仙台藩中期の地方知行拝領の武士・玉蟲十蔵尚茂(たかもち)が書き記した日記が、個人記録というよりも各種の公的文書記録を主目的とするためとモリスさんは指摘するが、むしろ、十蔵という武士と彼が生きた社会・時代環境の総合的な復元、そのように本書の目論見を看取できる。 十蔵の日記は個人記録という性格が稀薄なため、彼自身の生き様やその社会の復元は大変な作業だが、モリスさんは「公」と「私」という根源的な二つの要素から、その復元を冷静に心がけ成功している。近世武士は組織(幕府・藩)に属する役人であり、知行地・禄など拝領物を基軸に、勤役をし生計をたてながら「家」を存続させる。いわば公人と生活者という、公・私の二要素の不分離が近世武士の特徴的な点で、ともに奉公人に支えられる。武士はどのような思想性を持ち役職に臨むのか。政治思想研究では、例えば建白書・意見書などの緻密な解析がなされるのであろうが、本書はそのような役職者としての思想性・立場を、公人と生活者の公・私二要素を踏まえた広義の経済分析などを視野にいれ、総合的・客観的に検証する。その意味で本書は、武士として「家」を担い、「藩民国家論(上下一致)」の理念で藩政に尽くすも結果的には挫折した仙台藩士玉蟲十蔵を主人公にする、すぐれた政治組織論・藩政改革研究でもある。 総合的視野がなければ、歴史像の構築は難しい。日本史専攻のいわゆる日本人研究者では得難いグローバルな観察眼を通し、総合史としての近世武士論を本書は提示した。同じく武士論・知行論などに関心があり、モリスさんから本質的な批判を戴いてきた私にとり、本書出版は大きな知的刺激であり、それが広く学界に共有されることを慶びたい。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |