近世幕府領支配と地域社会構造
備中国倉敷代官役所管下幕府領の研究
山本太郎著


近世地域支配研究の新たな方向性をしめす


■本書の構成

序 章 研究史と本書の課題

第一章 倉敷代官支配のあり方
  第一節 倉敷代官役所管下幕府領の形成
  第二節 倉敷代官の引継申送書

第二章 倉敷代官役所管下幕府領の中間支配機構
  第一節 掛屋・郷宿・用達 −機能と担い手−
  第二節 郷宿と地域社会
  第三節 伊予銅山買請米割賦と倉敷掛屋
  第四節 郡中惣代と郡中入用

第三章 陣屋元村倉敷の社会構造
  第一節 倉敷村の階層構成
  第二節 酒造業
  第三節 絞油業と菜種・綿実の大坂移出
  第四節 古着商売
  第五節 魚商売

第四章 倉敷村の村方地主・豪農商と地域社会
  第一節 村方地主・小野家の存立構造
  補 論 備中国窪屋郡倉敷村小野家文書 −史料群の構造的認識への端緒−
  第二節 豪農商・大橋家の存立構造

終 章 本書の総括と今後の課題

  初出一覧 あとがき 索引




  ◎山本太郎(やまもと・たろう)……1961年 岡山県生まれ 東京大学文学部卒業 岡山大学大学院文化科学研究科学位取得修了 博士(文学) 倉敷市総務局総務部総務課歴史資料整備室主幹



ISBN978-4-7924-0694-3 C3021 (2010.5) A5判 上製本 390頁 本体8800円
新しい江戸幕府直轄地(幕府領)研究への期待
国立歴史民俗博物館教授 久留島浩
 少し個人的な話から始めます。山本太郎さんの著書を推薦するに至った「因縁」について話す必要があると思うからです。太郎さんとはじめて出会ったのは、ご自身もあとがきで触れているように、およそ三〇年前のある予備校でした。太郎さんが毎週決まった日に持ってくる日本史論述問題の答案を、講師だったわたしが添削し、郷里なまりの岡山弁で講評しました。その答案は、いつも必要なことだけが「淡々と」書いてあり、そのきまじめさと正確さにはいつも脱帽したものです。ちょうどその頃わたしは、岡山県史編さんの一環で、備中倉敷代官所管下幕府領の中間支配機構(郡中惣代)について研究し始めたばかりでした。倉敷は「天領の町」だと言うものの、「天領」(幕府領)が代官所によってどのように支配されていたのかという基本的なことさえよくわからないというのが実状でした。研究文献はともかく、史料としては永山卯三郎編集の『倉敷市史』(一九六〇―一九六四)しかなく、岡山大学附属図書館蔵小野家文書などから、備中・讃岐・美作に散在する幕府領村々を代表して代官所の支配を「請ける」(仲介する)郡中惣代を「発見」したということだけが、このときのわたしのささやかな研究成果でした。
 だからこそ、このたび太郎さんが倉敷代官所管下幕府領に関する研究をまとめたことを誰よりもうれしく思っています。『新修倉敷市史』編さん事業が始まった一九九〇年から市史担当となった太郎さんは、持ち前の几帳面さと粘り強さで、二〇年間にこつこつ史料を読みこみ、新しい備中倉敷幕府領像を描くことに成功しています。『倉敷市史』が持つ価値は残るものの、太郎さんの著書が、『新修倉敷市史』とともに倉敷地域史研究の新たな到達点を示したことは確かです。また、これまでの幕府領研究では不十分だった、陣屋が置かれたところ(ここでは倉敷村)の研究を、掛屋・郷宿・用達という「請負人」に注目しただけでなく、このような存在が地域社会とどのように関わったのかについて、陣屋元である倉敷村の社会構造の分析を踏まえて検討したという点が本書の最大の功績だと思います。さらに郡中惣代や郡中入用についても、史料の博捜とその詳細な分析に基づいて、新たな事実を明らかにしています。今後、倉敷代官所管下幕府領や倉敷を研究するときの必読書であることは言うまでもありませんが、各地の幕府領を研究するときにも不可欠な研究だと確信し、推薦する次第です。

 
近世地域支配研究の新たな試み
大阪大学大学院文学研究科教授 村田路人
 ここ二、三〇年ほどの間に、近世の地域社会に関する研究は著しく進展した。地域社会の自律的側面や地域社会自身による地域運営能力の獲得などに光が当てられるとともに、地域社会を成り立たせている諸要素に着目し、地域社会を総体的に把握しようとする試みも行われるようになった。また、地域社会に対する幕藩領主支配についても、政策史的分析だけでなく、「支配を実現させる仕組」あるいは「支配の実現メカニズム」という観点からの研究も進んだ。本書は、これらの研究潮流をふまえ、備中国倉敷代官役所管下幕領を対象に、代官支配のあり方と地域社会構造を、両者の関係に留意しつつ具体的に明らかにしたものである。
 本書の本論部分は、倉敷代官役所設置の前史と倉敷代官役所の支配の概要(第一章)、倉敷代官支配の仕組(第二章)、倉敷代官役所が置かれた倉敷村の社会構造(第三章)、倉敷村の有力者(村方地主と豪農商)の経営内容、および彼らと地域社会とのかかわり(第四章)、という構成をとっている。本書は一言でいえば近世幕領支配論の研究書といってよいが、この構成からもわかるように、地域社会にしっかりと軸足を置いた近世幕領支配論であり、その点が最大のメリットである。
 一例を示すならば、本書では、倉敷代官役所が管下の幕領を支配するにあたって活用した掛屋・郷宿・用達、あるいは郡中惣代といった存在が取り上げられ、その機能と内実が詳しく検討されている。しかし、ここでは、掛屋その他の一般的な機能の説明に終わらず、彼らが地域社会の中で具体的にどのような存在であったのかが絶えず問題にされているのである。陣屋元村というべき倉敷村の庄屋小野家は、掛屋と用達を兼務し、郡中惣代も勤めた家であるが、本書では、その経営的側面にも分析が加えられている。
 著者の山本太郎氏は、長年『新修倉敷市史』の編纂に携わり、倉敷村の社会構造や倉敷代官役所の支配について研究を続けてこられた方である。本書は、その強みを生かした新たな近世幕領支配論の試みであるが、その方法論は幕領のみならず藩領にも応用できるものである。本書は近世地域支配研究に新たな方向性を示すものであり、学界に寄与するところが少なくない。是非一読をお勧めしたい。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。