武家政治の源流と展開
近世武家社会研究論考
笠谷和比古著


武家社会に関する著者の諸論考を、「武家社会の特質」「徳川幕府の諸政策」「武士道」「書評」の4つに分けて収録。武士の起源、大名制度の諸相、武士道と儒教といった主題から武家社会のもつ歴史的意義を明らかにする。


■本書の構成

T.武家社会の特質
  第一章 武家社会研究をめぐる諸問題
  第二章 「武士」身分と合意形成の特質 
ヨーロッパとの比較
  第三章 「国持大名」論考
  第四章 禁裏と二条城 
朝幕関係をめぐる政治的表象

U.徳川幕府の諸政策
  第五章 参勤交代の文化史的意義
  第六章 徳川時代の開発と治水問題
  付 論 国役普請の実働過程について
  第七章 習俗の法制化

V.武 士 道
  第八章 武士道概念の史的展開
  第九章 赤穂事件と武家慣習法の世界
  第十章 武士の儒教的エートスと近代化

W.書  評
  村上泰亮・公文俊平・佐藤誠三郎著『文明としてのイエ社会』/脇田修編著『近世大坂地域の史的分析』/津田秀夫著『史料保存と歴史学』/尾藤正英著『江戸時代とはなにか 日本史上の近世と近代』/池田昭著『ヴェーバーの日本近代化論と宗教―宗教と政治の視座から―』
  
   索引(事項・人名・史料)


◎笠谷和比古(かさや・かずひこ)……1949年神戸市生まれ 京都大学大学院文学研究科博士課程修了 現在、国際日本文化研究センター教授





ISBN978-4-7924-0931-9 C3021 (2011.11) A5判 上製本 434頁 本体9,500円

   この書、待つこと十数年


茨城大学人文学部准教授 磯田道史

 笠谷和比古氏の『武家政治の源流と展開』は待望の一冊である。読んでみて、十数年待ち続けていた本だと思った。

 私が笠谷氏と出会えたのは十数年ほど前の院生時代のことである。歴史人口学者の速水融氏のプロジェクトに興味をもち、東京から京都にやってきて、桂離宮の近くに安下宿を借り、国際日本文化研究センターに転がりこんだ。日文研は笠谷氏の勤務先だ。それがうれしかった。というのも私は大学一年生のとき笠谷先生に会いそこねていた。私は岡山の生まれで夏休みに帰省すると、毎日、岡山大学の図書館で岡山藩池田家文庫を閲覧していたのだが、ある日、閲覧受付に「笠谷和比古」と書かれた閲覧申請書をみつけた。当然、著書は読んでいる。笠谷先生が来ておられる。学生の私はあこがれの先生を探し回った。ところが、いない。館員にきくと「さきほど帰られた」という。がっかりした。そのとき笠谷先生が閲覧されていたのは蹴鞠関係の史料であったと、今でもはっきり憶えている。

 のちに私も研究者となり、日文研で笠谷氏の共同研究会に参加させていただいた。「本物の笠谷先生」ははじめの印象とは異なるものだった。近世武家研究の第一人者だと思っていたのだが、笠谷氏の一言一句に聞き耳をたてるうち、「この方はただの専門家の枠にとどまらない人だ」と確信するに至った。近世武家の政治や社会を大きな視野できちんと語られる。笠谷氏が近世社会を語ると、それはおのずと近世武家を題材にした世界史となり文化人類学となっている。

 例えば、近世武家の政治社会体制を語るときも、ヨーロッパ社会との対比を高い水準で行われていた。ヨーロッパをフランスやドイツなど地域わけして、等族制からフランスの場合は絶対王制、ドイツでは領邦君主の官僚制と移行するのだが、その内容について、日本近世のケースとの緻密な比較論をされていた。法制度を語られるときもそうで、成文法をこえた慣習法の姿を描き出すことにおいては、ほとんど名人といってよく、笠谷氏の手にかかると、近世武家社会の法慣習やエートスがたちまち見事に浮かび上がる。

 ただ、このような笠谷氏のこのすごさは、氏の研究会に参加した少数の研究者だけが、耳で聞いて独り占めしていた状態であった。私は、それを知っていたから、笠谷史学の全貌と真骨頂を一般に伝える名著がいつか出版されないかと待っていた。今回、それが出た。これほど喜ぶべきことはない。 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。