■帝国日本と地政学 | |||||
―アジア・太平洋戦争期における地理学者の思想と実践― | |||||
柴田陽一著 | |||||
第17回人文地理学会賞(学術図書部門)受賞 悪魔の学問視されつつも、地政学は国家運営には避けて通れない学問でもある。英米とドイツの両系統の地政学史を懇切に解説しながら、京都帝国大学の小牧実繁が「皇道」を理念に「日本地政学」を掲げつつ地理学教室を総動員して軍への協力やプロパガンダに勤しむ一方で「満洲国」にも建国大学・南満洲鉄道の両系統で独自に地政学を構築する動きがあったことも見逃さない。地理学者たちを主人公としたもう一つの太平洋戦史。 ■本書の構成 第1章 序論 本研究の背景と研究対象/先行研究に対する検討と本書の視角/本書の課題と構成 第T部 本国における地政学の展開 ―「日本地政学」を例に― 第2章 「日本地政学」の思想的確立 ―小牧実繁の個人史的側面に注目して― はじめに/「日本地政学」の思想的背景/「日本地政学」の確立/おわりに 第3章 陸軍の戦略研究における綜合地理研究会の役割 はじめに/綜合地理研究会の発足の経緯/綜合地理研究会の活動状況とメンバーの変遷/綜合地理研究会の研究成果/おわりに 第4章 「日本地政学」と思想戦 ―小牧実繁のプロパガンダ活動の展開とその社会的影響― はじめに/綜合地理研究会と情報機関およびスメラ学塾との関係/小牧のプロパガンダ活動の三つの転機/小牧のプロパガンダの内容/おわりに 補論1 綜合地理研究会のメンバーとその周辺の人物の略歴・著作目録 はじめに/綜合地理研究会のメンバーの略歴・著作目録/綜合地理研究会の周辺の人物の略歴・著作目録/小牧実繁の略歴と著作目録の作成過程 第U部 植民地における地政学の展開 ―「満洲国」を例に― 第5章 「満洲国」における地理学者とその活動の特徴 はじめに/「満洲国」における地理学者とその所属機関/満鉄系統の地理学者とその活動/国務院系統の地理学者とその活動/おわりに 第6章 建国大学の宮川善造と「満洲の地政学」 はじめに/建国大学の概要と在職した地理学者/建国大学における宮川の調査研究活動/宮川による「満洲の地政学」の提唱とその主張/建国大学における宮川の教育活動/おわりに/付録 宮川善造著作目録(〜1945年) 第7章 満鉄調査部の増田忠雄と地政学 ―「文化圏」研究と地政学への思想的展開― はじめに/「文化圏」研究の視点と満洲との関わり/「文化圏」研究から地政学へ/「文化圏」研究の蹉跌/おわりに/付録 増田忠雄著作目録 第8章 結論 本書で得られた主な知見/本書の成果とその意義/今後の課題 補論2 本書で取り上げた地理学者たちの戦後 綜合地理研究会のメンバーの戦後/「満洲国」を拠点とした地理学者の戦後 補論3 戦前の欧米諸国および日本における地政学の動向 はじめに/欧米諸国における地政学の展開/日本における地政学の展開/質疑応答 ◎柴田陽一(しばた よういち)……1981年生まれ 京都大学人文科学研究所附属現代中国研究センター研究員 ◎おしらせ◎ 『人文地理』第68巻第3号(2016年10月)に書評が掲載されました。 評者 遠城明雄氏 『歴史地理学』第58巻第5号(282号・2016年12月)に書評が掲載されました。 評者 川合一郎氏 『科学史研究』No.281(2017年4月)に書評が掲載されました。評者 矢島道子氏 『史林』第100巻第5号(2017年9月)に書評が掲載されました。評者 山ア孝史氏 『地理学評論』第91巻第5号(2018年9月)に書評が掲載されました。評者 森川 洋氏 |
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ISBN978-4-7924-0953-1 C3025 (2016.3) A5判 上製本 430頁 本体9,600円 | |||||
帝国日本と地政学との関わりを明らかにした画期的な研究 |
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九州大学人文科学研究院教授 高木彰彦 |
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本書は、著者の柴田陽一氏が、これまで十数年間取り組んできた日本の地政学研究の成果を一冊にまとめたものである。第T部では京都帝大による「日本地政学」が、第U部では満洲国の地政学が取り上げられている。 地政学は、二十世紀初頭に国家学の一部として成立し、ヴァイマル期以降のドイツにおいてさかんとなった。日本でも太平洋戦争期に、学問というよりは戦意高揚のための運動としてさかんに展開された。その一翼を担ったのが、京都帝国大学地理学講座の関係者であり、中心人物は教授の小牧実繁であった。小牧らが唱道した地政学はドイツ地政学の受け売りではなく、日本独自の地政学を築こうとして「日本地政学」と称したが、その思想的基礎を皇道精神に求めたため、「神がかり的」と批判され、これまで、学問的には詳しく分析されてこなかった。また、小牧を始めとして日本地政学に関わった人々が戦後は公職追放されたため、地理学においては、この時期における地政学運動の実態解明が憚られただけでなく、地政学がタブー視されるとともに、政策指向ないしは応用的性格をもつ分野へのコミットメントが批判されるような風潮も生まれた。 こうした意味において、これまできちんと取り組まれてこなかった、太平洋戦争期における地理学者の地政学への関与について、史資料に基づいて解明した点に本書の第一の意義がある。 著者の研究の特徴であり優れた点は、その徹底した個人史的研究にある。本書で取り上げた研究者の履歴と数百点に及ぶ文献目録を作成し、その大半をきちんと読み込んでいるのである。こうした作業により、著者は、小牧の地政学的主張の転機を見出した。次いで、著者は関連史資料にも渉猟の手を伸ばし、陸軍参謀本部にいた高嶋辰彦大佐が残した日記から、小牧らと高嶋との接点を突き止め、彼らの地政学運動が戦意高揚のためと陸軍外郭団体のシンクタンク的役割を果たしていたことを明らかにする。このように、著者の研究の第二の意義は徹底した個人史的研究に基づき、地政学運動の一端を解明したことにある。その意味では、補論1・2に示されている文献や概略は、地政学研究に関心を持つ研究者にとっては、書誌学的な意味を持つ重要な二次資料となっており、帝国日本と地政学の関係の一端を解明したという研究業績的評価に加えて、本書じたいがこの時期に地政学に関わった人々に関する資料的な価値を持つことも強調しておきたい。 それにしても、当時の京都帝大地理学講座の結束力の強さには驚かされる。一人の教授の力によって同窓生や学生がほぼ総動員され、地政学運動にのめり込んでいっただけでなく、満洲に設立された建国大学のポストも同講座出身者がその教育・研究の大半を占めることになる。ある意味では、本書がこれだけの成果をあげることができたのは、こうした人的絆の強さを有した京都帝大地理学講座を対象にしたという幸運に恵まれたと言える。その意味では、本書のような研究は京都大学関係者でなければ達成できなかったのかもしれない。 以上のように、地政学や地理思想史のみならず、太平洋戦争期の日本の歴史に関心を持つ読者に対して本書を強く推奨したい。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |