近世日本の対外関係と地域意識
吉村雅美著


意識として内在化した対外関係が地域社会に与えた影響を見る。



本書の構成

序 章
  近世対外関係史研究の課題/本書の視角/近世対外関係と平戸/本書の構成

第一章 近世対外関係の形成と地域変容─平戸商人の編成過程を中心に─
  はじめに/初期平戸藩における古参家臣と商人の活動/松浦宗陽隆信と唐人ネットワーク/平戸藩の「コンプラドール」の成立/幕府による対外関係の形成と平戸商人の再編/小括

第二章 正徳・享保期における唐船来航と平戸藩
  はじめに/唐船の漂流・漂着と平戸藩の対応/享保期の唐船打ち払い政策と平戸藩/小括/史料編 唐船・参勤関係の老中奉書・書付

第三章 地域社会における対外関係認識の形成
  はじめに/平戸町人谷村家の対外関係認識/壱岐町人土肥家と先祖書の形成/小括

第四章 「御武功之御家」としての松浦家と家臣の由緒
  はじめに/真見塚源七の上書にみる「御家」と「武」/先祖書にみる家臣の「武」の意識/小括

第五章 近世対外関係と「藩」認識
  はじめに/松浦清の対外関係認識と「藩」認識/「家世伝」に記された対外関係と「藩」/「家世続伝」にみる明治初期の平戸認識/小括

終 章

  図表一覧/参考文献一覧/あとがき/索引


  ◎吉村雅美(よしむら まさみ)……1982年、埼玉県生まれ。日本学術振興会特別研究員(PD、東京大学史料編纂所所属) 博士(文学 筑波大学)




 本書の関連書籍
 浪川健治 デビッド・ハウエル 河西英通編 周辺史から全体史へ

 浪川健治編  明君の時代 ―十八世紀中期〜十九世紀の藩主と藩政―

 大豆生田稔編 港町浦賀の幕末・近代



ISBN978-4-7924-0975-3 C3021 (2012.10) A5判 上製本 338頁 本体8,700円

   地域における自己認識の再生産


東京大学史料編纂所教授 鶴田 啓

 本書は、著者の吉村雅美氏が二〇一一年に筑波大学に提出した博士論文をもとに、新稿を加え再構成したものである。地域の人々の意識と近世的対外関係の形成や動揺との関係を扱っている。

 おもな考察対象となるのは、平戸藩や平戸藩領の人々である。なぜ長崎や対馬ではなく平戸が対象であり、「地域」ではなく「地域意識」なのか。──ここに本書のポイントがある。まず著者は「序章」で、先行研究を的確に引きながら、「近世対外関係」や「地域」の本書における意味を定義し、地域の意識は「他の国家や民族に接する対外関係という局面において顕現しやすい」と両者を関係づける。その上で、いわゆる「四つの口」には含まれないものの近世対外関係の形成に深く関わり、その後も対外関係に近接する場所に位置した平戸藩について、「国家や他地域との関係性のなかでどのような自己認識が形成されたのか分析する」と述べる。このように、著者は概念用語の取り扱いに自覚的であり、本書もそうした意識のもとに構成されている。

 さて著者は、「近世対外関係」の形成と平戸商人の再編(第一章)、正徳・享保期の唐船来航と平戸藩の対応(第二章)、領内町人の対外関係認識(第三章)、松浦家や家臣の家における「武」の認識(第四章)、「藩」という言葉の使用から見た平戸藩の自己認識(第五章)と論を進めて行く。そして終章において、直接「四つの口」ではなかった平戸藩においても一八世紀後半以降自藩を異国に対する守り=「藩」と位置づける認識が強まって行ったことを指摘するとともに、「意識として内在化した対外関係が地域社会に与えた影響を見ることができる」と述べる。

 松浦史料博物館所蔵の史料を解読して進む各章の実証分析は読み応えがあり、全体に非常に丁寧につくられた本であるという印象を受ける。本書は、対外関係をキーワードにしながら、地域(ここでは平戸藩や平戸藩領の人々)の歴史や自己認識が形成され変化して行く過程を描こうとしており、その一方で、地域と国家や他の地域との関係も捨象されていない。著者自身が終章で認めるように、残された研究上の課題はいろいろ存在するとしても、本書は地域史における一つの叙述方法を示したものと言うことができよう。 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。